第31話 拘りと、捨てられないなにか
「それじゃあ、ここでお別れしましょうか」
コンビニの入り口前。
それに対し私・
私が阿久夜さんにスイーツを献上した件については、
コンビニのオーナーの奥様が仲介(というか私の翻訳です)する事で、
最終的に阿久夜さんがスイーツの定価分プラス別のスイーツを私に買ってくださる事で解決した。
阿久夜さんはもっと礼を尽くしたかったみたいですが、私としてはそれは申し訳なかったのです。
上手く話せないので伝えておりませんが、阿久夜さんは私のVTuberとしての恩人ですので、ええ。
「改めて、プリンアラモードスペシャルワッフル、ありがとうございました。
今日の配信のネタにしようと思っていたのにどこにも見当たらなくて困っていたものですから」
だから、住宅地の中で隠れるように営業している、このコンビニに来たんだなぁ、と改めて納得。
ここは私達周辺住人にとってはありがたい立地のコンビニなんだけど、
なんというか秘境の中のオアシスというか。
町はともかく市全体から見れば存在感は薄いんじゃないかな。
まあ、駅前とかバス停の近くとか、そういう所のコンビニと比較するもんじゃないだろうけど。
でも、今回はそれが功を奏したんだと思う。
流行関係も目立つ場所の店舗に比べれば、多少は売り切れ難いんだろうしね。
「その御礼としてあえて苦言を呈させていただきますが、あなたもっと堂々とすべきですわ。
どうやら――ただものではないようですし」
「アッハイ、ワタクシ、タダモノダトワタシジシンハオモイマスガ、ド、ド、ドリョクシマス。カ、カノウナカギリ、マエムキニ」
うう、この期に及んで上手く話せない自分が申し訳ないです。
緊張もあって小声かつ早口になってしまいました。
マスクしてるんで声が届くようには意識はしたんですががががが。
でも、阿久夜さんはそれでもちゃんと聞き取ってくださったらしい。
若干呆れた表情をしながらも、最後は小さく微笑んでくれた。
「ええ、是非努力するべきです。
くだらない世界に逃げるよりもそれが健全ですから」
それが最後とばかりに阿久夜さんは身を翻し、店外へと去っていく。
後ろ姿堂々としててカッコいいなぁ……って、私も帰らないと。
私は迷惑を掛けてしまった男性店員さんとオーナーの奥様にペコペコと頭を下げる。
奥様は手を振ってくださって、店員さんは苦笑いしつつ小さく会釈を返してくれた。
うう、大変お世話になりました……また今度御礼も兼ねて利用させていただきますー!!
そうして私も店外に出た時だった。
「おーおー! この染み、どうしてくれるんだよ!?」
そんな、大きな男性の声が私の耳に届いた。
なんとなく視線を送ると、コンビニの駐車場に黒くて立派な車が停車していた。
所謂リムジンだろう……実物始めてみるけどすごいなぁかっこいいなぁ。
で、その手前には……なんというか、こういう表現は決めつけみたいで好きじゃないんだけど、
端的に言うと漫画か何かのチンピラの様な出で立ちの男性がいて、騒いでいた。
さっきの大声の主で間違いないみたい、うん。
そんな男性の前には、顔を引き攣らせている弱気そうな黒いスーツを着込んだ男性がいた。
車の運転手さんなのかな?
そしてその横に全く物怖じしていない様子の阿久夜さんが腕組みして立っていた。
何と言いますか、あからさまに不機嫌な様子で騒ぐ男性を見上げてらっしゃいますね、ええ。
「その車の下手糞な駐車のせいで、ビビッて零しちゃったじゃねえの。
弁償しろよ、弁償」
もしかして、阿久夜さんを迎えに来た車、なんだろうか。
なんにせよリムジンが駐車する際にチンピラ男性(仮)を驚かせてしまい、零したジュースで服を汚したと主張しているようだ。
う、うーん、これは監視カメラなりで見てみないと分からないけど、
一見するとチンピラ男性(仮)が恐喝してるような……いやいやいや、決めつけは良くないよね、うん。
自分の思い込みを頭をブンブンと振って振り払った私は、どうしたものかと様子を窺う。
穏便に済むんならそれが一番なんだけどなぁ。
私がそうして平和的解決を願っていた矢先、それまで黙っていた阿久夜さんが口を開いた。
「言いたい事はそれだけですか、チンピラ」
「チ、チンピラだとぉっ!? 誰がチンピラだテメェ!」
「その物言いがチンピラだと言ってるんですよ、チンピラ。
こんな事で私の時間を無駄にさせないでくださいまし」
ひぃぃぃぃ!? 阿久夜さんめちゃ煽ってるぅぅぅ!?
いや、まあ確かにあの言動はそれっぽいなぁって私も思っちゃいましたが。
「あ、あの、澪お嬢様、お金をいくばくか支払って解決した方が良いのでは……?」
運転手と思しき人が顔を引き攣らせたままで意見を述べる。
というか、それで解決しましょうよ、とばかりに手を合わせております……気持ちはすごくわかります。
阿久夜さんはそんな男性を一瞥するんだけど、うわぁ、すごい鋭くて怖いんですががががが。
「確かに、篠崎。あなたの言うとおりでしょうね。
お金を払えば解決は容易。時間も無駄にはしないでしょう。
が、しかし!」
阿久夜さんはそこで言葉を区切った後、天高く掲げた拳を握り締め、それをゆっくりと自分の眼前に下ろしながら高らかに述べる。
「そんなことをすればわたくしはこのチンピラに屈服したも同義!
この阿久夜澪が!? こんなチンピラに!?
ハッ!! そんなこと、許される訳ないでしょう!!
そして、世界に数多存在し、これからも増え続ける私のファンに申し訳が立たないというもの!!
こんなチンピラ風情にこちらから頭を下げるなど、絶対にありえません!
何故ならチンピラなんですから!」
「ち、チンピラチンピラうるせぇぇぇ!?」
チンピラと連呼されたせいか、激高した男性が阿久夜さんに覆い被さろうとする。
刹那――私の頭の中に、色々なこと、トラウマも駆け巡るけど――決断に迷いはなかった。
「はひゃっ!?」
「えぇっ!?」
「……ふむ」
次の瞬間、地面を踏み込んだ私は一足飛び――その勢いのままに男性に関節技を極めて、地面に転がしちゃいましたね、ええ。
あぁぁぁぁー!?
思わずやっちゃいましたけど、これどうしましょうー!!?
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