第30話 今、旅立ちの時……(※スイーツの話です)

「ん? 貴女、わたくしのことご存じなんですか?」


 外の世界への恐怖を押し殺してやってきたコンビニ。

 そこで、私・八重垣やえがき紫遠しえんのごく小さい呟きをしっかり聞き取って、彼女・阿久夜あくやみおさんは小さく首を傾げた。

 それだけの仕草がただただ絵になるというか、めちゃ可愛いというか、流石リアルでインフルエンサーやってる人だなぁと心から感服でございます。


 って、無言のままじゃ失礼じゃないですか私っ!

 あちらは気づいてないけど、かつてVTuberとしての配信内で助けてもらった恩もあるので、無礼な事はしたくないですね、ええ。


 そんな訳で私は懸命に声を上げる――んだけど。


「ア、ハイ、オ、オオ、オナマエトオオマカナカツドウダケ、ゾ、ゾンジアゲテオリマス」


 うう、外に出るという最大級の能力低下デバフが掛かっているので、上手く声が出せませんでした。

 すみません、ホントにすみません。


「いえ、そう何度も頭を下げなくていいですから。

 名前と活動知ってるだけでも十分嬉しいです。

 もしよかったら、今度配信にも遊びに来てくださいまし」


 最初は私のダメダメぶりに少し顔を引き攣らせつつも、最終的に微笑んでくれた阿久夜さん。

 ううっ、プロだ――現在どう見ても不審人物な私にさえ普通に接してくださるなんてっ!!

 それが我慢してのことだとしても滅茶苦茶に素敵過ぎるっ!


 もし私がVTuberとして少しは光莉ちゃんに近付けたと万が一の仮定をした上でだけど、同じような対応って出来るかなぁ。

(※そもそもVTuberなので似たような状況は基本ない事はさておき)


 うふふふ、悲しい仮定だなぁ……星は遠いからね、うふふふふ。


「な、なんか小刻みに笑ってません?

 ……というか、何処かで声を聴いたような――と、そうでした。

 わたくし、油を売ってる場合じゃありませんでしたわ。

 それでは、失礼します」


 そう言って阿久夜さんは颯爽と歩き出す――と、そこで私は先程の店員さんと彼女の会話を思い出した。


『新発売のプリンアラモードスペシャルワッフルの在庫、あります?』

『そ、それでしたら先程、売り切れになってしまって……』


 そ、そうだ。

 私がさっきたまたま買った、スイーツ。

 どうやら阿久夜さんはそれをご所望らしい。

 もしかしたら配信のネタか何かに使うのかもしれない。

 

 最新アイテムって人を呼ぶ話題として、とても優れてるからなぁ。

 私も好きなジャンル……特撮番組や玩具の最新感想は良く見に行くし。


 であるなら――うん、迷いはいらないよね。


「――!? 貴女……?」


 私はすぐ側を通り抜けようとした瞬間、阿久夜さんの手を握った。

 正直、いやいやいやいや畏れ多いなぁ!とは思ったんだけど、服の裾とかを握って万が一破いたら取り返しがつかないし。

 多分すごく高い服なんだろうなぁ、というのだけは分かりますんで、ええ。


 って、手を掴んだまま何も言わないとマジで不審人物過ぎるっ!


 そう思った私は慌てて思考に過ぎっていたそのままを口にした。


「アアアア、アノ、ワタシ、サッキ、プププププ、プリンアラモモモモ、ド、スペ、シャル、ワッホー、カッタバッカナノデ。

モモモモモモ、モシヨカッタラ、コレ、ツ、ツカッテ、クダサイッ!」


そうして私はガサゴソと先程買ったばかりの商品が入った袋を漁り、震える手でスイーツを差し出した――んだけど。


「あー……」


 こちらの様子を窺っていた店員さんが残念そうな声を上げる。

 何故なら私が取り出したスーツは取り出した拍子なのか、

 あるいは少し歩いた時に一緒に入れていたものに潰されたのか、

 袋の中身のスイーツ本体は若干形が崩れてしまっていた。

 

「ウヒョワァッ!? イヤ、コレハソノ、フフフ、フカコウリョクトイイマスカ、エト、ソノ、コ、コレデモ、ヨヨヨヨ、ヨカッタラ……?」


 かえって失礼な事をしてしまったのではないかと、わたわた慌てふためく私。

 すると、阿久夜さんは――


「ふふふ。お気遣い、ありがとうございます。

 折角のお気持ち、ありがたく頂戴しますわ」


 スイーツを持って震えまくる私の手を優しく包んで、高貴な微笑みを再度私に向けてくださいました。

 ま、ままままま、眩しい!? あまりの眩しさに立ち眩みしそうでございます、ええ。

 ううっ、阿久夜さん、私の想像を遥かに超越して良い人過ぎるっ!!

 やはり、私の決断は間違えてなかった……さようなら、私のプリンアラモードスペシャルワッフルッ!!

 貴女の雄姿を、私は忘れませんっ!!

 私の五千億倍は素敵なこの方に食されて幸せになってくださいね……(後方母親(?)面)。

  

「それではこちらおいくらで?

 ――首を横に振るという事はお代は無用という事ですか?

 いえ、そんな訳にはいきません。

 むしろ心遣いの分、倍額支払いを――えっと、ずっと横に振っておられますが、話伝わってます?

 ……いい加減ちゃんと話していただけません?」


 そうして私は暫く感動で打ち震えてロクに話せなくなり。

 そんな不審者わたしに戸惑いを隠せない阿久夜さんに、オーナーの奥様が再度現れ、私達の仲を取り持つまで私はマトモな意思疎通が出来ませんでしたとさ。


 ううう、いや、その、ほんっっっっとうに申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!

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