第29話 久しぶりの外出は色々とままならず

「いらっ――いらっしゃいませ……?」


 最初は朗らかに挨拶しようとしたコンビニ店員の若い男性。

 彼は私・八重垣やえがき紫遠しえんを見て顔を引き攣らせていた。


 いや、うん、当然と言えば当然だよね。

 真昼間にフード目深にかぶってマスクで顔がほとんど見えない猫背の怪しい女が来店すれば動揺すると思います。

 しかもきょろきょろしながら物陰に隠れて移動……これが怪しくなくて何なのか。


 自分でその恰好や挙動しておいてなんだ、そう言われるのは重々承知しております。

 しかし、こう、何と言いますか、外出恐怖症を最大限抑えた結果がこれなので、どうか勘弁していただきたいです、ええ。


 それに、私としても誤算だったんですよ。

 この時間帯は、基本的にこのコンビニのオーナーの奥様が店員してらっしゃるはず。

 奥様は私が現状の引き篭もりになる前からのお知り合いなので、こう、私的にも気が楽というか。


 でも今日に限って違うぅぅ……いや、男性の店員の方は全然悪くないんですよ。

 うう、私が私でごめんなさい……で、でも、変な事はしても悪事はしないんで。

 だ、だからそんなに監視されると緊張すると言いますか――。


「あびゃぁっ!?」


 そうしておっかなびっくりで動いていたせいか、積んであった売り出し中のカップ麺に手が当たってしまった。

 私は即座に手を伸ばし、それを落とすまいと空中へトス。

 動揺もあってワタワタしながらも、ちゃんと自分方向へとトスできていたカップ麺を後ろに下がりながらも見事キャッチ――したのは良かったんだけど。


「ま、万引きだー!?」

「ぇ、えええーっ!?」


 下がってキャッチする際に自動ドアを抜けて外に出てしまったため、店員さんから誤解されてしまったんですががががが。

 多分普通の人なら同じ事やっても疑われなかったんだろうけど、私はそれまでの奇行ポイントを重ねすぎちゃったみたいです。

 って、そんなこと言ってる場合じゃないくて、早く反論しないと……!


「イ、イヤ、アノソノ、ワ、ワワワ、ワタシ、チガクテデスネ……」


 でも久しぶりの外出&慣れない人への対応で思わず声が出ませんでした。

 うう、我ながら情けない。


「う、動くなよ! 今警察呼ぶから!!」


 そうこうしている間に店員さんが店内の電話の受話器を握り締めてるんですがぁぁぁ!?

 マズいマズいマズい、こ、このままじゃ誤解で前科がついちゃうぅ!?


『現代社会の闇か! 近所のコンビニで万引きする引き篭もりの若者!』

『自称VTuber……その悲しき末路とは!?』


 慌て過ぎて、脳内ではテレビのワイドショーや動画で取り上げられてる姿が頭に過ぎっております。

 うう、このままだと、家族や友達は勿論、今はマスカレード(私の視聴者さん)に恥と迷惑を掛けてしまうー!?


 でも、上手く声も上げられないし、動けないんですがががが。


 ――――そんな時だった。

 

「あら、紫遠ちゃんじゃないの! 久しぶり!」


 救世主・店長の奥様が奥から出て来てくださったのは。

 なんでも奥様、奥の冷蔵でジュース補充をしてたそうです。

 それで騒いでる様子を聞きつけて、やってきてくださったとのこと……ううっ、助かったー!

 奥様は私から丁寧に話(小声)を聞いてくれて、店員さんへの誤解を解いてくださいました。

 ご近所付き合いって大事だなぁ、うん。


「まだ外が苦手なのねぇ。

 紫遠ちゃん美人でスタイル抜群なのに、そんな恰好で勿体ないわぁ」

「ア、アハハ、ソ、ソンナコトナインデ…ソ、ソレジャ、カイモノ、シマス、ハイ」


 誤解が解けた私はそんな誉め言葉が恥ずかしくてフードを被り直しつつ御礼を告げ、改めて買い物に戻った。

 店員さんはまだ少し訝しげにしておりますが、私が基本不審者なのは変わりないので致し方ないですね、ええ。


 そうして店内を回った私は目的のお水数本とお菓子を回収、それから――。


(あ、新発売のスイーツだ……プリンアラモードスペシャルワッフル――た、食べたい)


 最近ネットで美味しいと評判のコンビニスイーツを発見。

 私的にめちゃ好みなので食べてみたいと思ってたんだよね……こういう機会ないと購入できないから買っとかないと、うん。

 という訳でスーツもしっかり購入用のカゴに入れてから、私はレジへと向かった。


「い、いらっしゃいませ、その、先程は失礼いたしました」

「い、いえその、えと、お、お気になさらず」


 それだけ会話を交わし、若干気まずいながらも無事会計終了。

 あとは、家に帰るだけ――そう思いながらビクビクと外に出ようとしていた時だった。


「少しよろしいですか? 新発売のプリンアラモードスペシャルワッフルの在庫、あります?」


 私が自動ドアに差し掛かった瞬間。

 買い物している間に店内に入っていたと思しき――どこか聞き覚えのある女性の声が響いた。


「そ、それでしたら先程、売り切れになってしまって……」


 私とは違う様子で声を上ずらせる店員さん。

 その事と、他でもない私が購入した後ろめたさで振り向いた時……私は気づいた。


「ア、アクヤミオ、ヒャン!!?」


 そう。

 レジ前にて堂々とかつ可憐に立っている、お綺麗な女性――

 それが他でもない、先日私を助けたVTuber当人である阿久夜あくやみおさんであることに。


 なななな、なんでこんなところにいるんですぅぅ!?


 ……あ。

 ちなみに、こんなところ、というのは、あくまで『どうして私の近所に』的な意味合いでございます。

 

 私が子供の頃から愛用させていただいているコンビニには含む所など微塵もございませんとも、ええ。

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