50、葬式




「ほら、これでいいじゃないですか」

 埃も皺も見当たらない、テカリと糊の光る喪服を着た男性に香典を手渡す一人の女性。

 カウンターとして用意された長机の橋には、見慣れたディフューザーが設置されている。芳醇な青リンゴの香りは故人のお気に入りだった。いつもならいい香りと思うけれど、少し頭痛のする今ではちょっと気持ち悪く感じる。

 加えて、香典の列は何かトラブルがあったらしく、さっきから前がつかえている。

 事前に葬式アプリにログインしてIDバーコードを用意するのが常識だろう! と参列者たちは苛立っている。

「自分の名前書ける?」

「多分」

「でも筆ペンだよ、間違ったらどうしよう」

 友人が不安そうにスマホで漢字の書き順を調べている。そう言われてみると、自信がなくなってきた。そもそも、私は字が下手なのだ。

「でも、(故人)さんはそういうの気にする人じゃないから、大丈夫じゃないかな」

 そう口に出した途端に涙が止まらなくなり、声がガラガラと震える。その様子を、私以外の誰もが納得した様子で頷いている。

 違う、そういうつもりじゃない。

 けれどそう言うわけにもいかずに恥ずかしくてひたすら手のひらを顔に押し付ける。

「だってほら、ちゃんと新札折ったから、大丈夫だよ」

 友人がかけてくれた言葉は、確かに思いやり深かった。


 

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【意外と】お題に沿って一日一エッセイ【続いた】 いぬかしら @ajisavanakamura

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