第5話


 辺りはシンと静まり返り、みなはドラァドの言葉を一言一句聞き逃さないように耳を傾けた。


「……そもそも、これでも一部の人間だけなんです。躍起になって、魔王討伐を掲げているのは」


 その台詞から始まったドラァドの話を、幾つかに分けてまとめるとこうなる。


 確かに神託を受けて魔王と勇者が生まれてから、人間と魔族のあいだには溝が生まれた。だがそれは、各々が望んだ結果ではなかった。元々魔族と取引をしていた人たちも、表立っては交流を控えたものの、裏ではファイが『人脈がある』といったように取引も交流も続けていた。表立ってやめた理由は、双方を取り囲む環境と空気から『形だけでもその意志に従っていたほうが良い』と判断したからだ。嫌いになったから、争っているからではない。


「そもそもですね、魔王と勇者の話は、どうも俺たちの国と、その周辺地域にしか伝わってないみたいなんですよ」


 ドラァドが言うには、他国の商人や仲間たちと話をしていても、まったく勇者と魔王の話が出てこなかったそうだ。勇者は置いておいたとしても、魔王は全世界に関わる話のはず。人間と魔族が対立するということは、どんな形であれもれなく争いに巻き込まれるということだ。それを知らない国があるなんておかしい。自国が壊滅するかもしれないのに、一切そんな話が上がってこない。

 怪しく感じたドラァドは、仲間をいくつかの国に送り調べさせたそうだ。だが、調べた側の手腕なのか、実際の噂の広がり具合なのか、それっぽい話は聞くことができなかった。話を聞けたとしても、すべて『自国の人間に聞いた話を離してくれている』のであって、消してその地方その国で起こっているという話ではなかった。

 魔族と人間の位置は変わらず、共存していた。会話をし取引をし、人間同士のあいだであるいざこざレベルのトラブルは多少あるものの、問題なく一緒に暮らしている。


「しかもですよ? 魔王と勇者、同じ国で、そう、俺たちの国の中で両方出てるんですよ。……正直ね、ぶっちゃけますけど、自国って分かった瞬間広めずに魔王だけ隔離すれば良かった話じゃないですかい? そうしたら、誰も……まぁ、俺たちも、魔王城に来ることなんかなかったし、もう今更こんな言葉言いたかないですが、魔王をその場で殺してしまえば、争いもなにも一切起こすことなく話が終わったんですよ」


 セリカもブルックスも同じ国の出身だ。住んでいた地域が少し違うだけで、もしかしたらどこかでニアミスしていたかもしれない。なんなら、今セリカが暮らしているのも自国の領土内だ。簡単には訪れることができないよう、川に森を抜けて、山を越えた先の人が住まない場所ではあったが、魔王を住まわせるにはいささか不安が生じるはずだ。誰だって、魔王と同じ国には住みたくないだろう。やはり、完全に隔離するか存在自体消してしまうのが得策と言えよう。


「で、ですよ! どうも気になって仕方ねぇ、ってんで、俺たちは来たんでさぁ」

「……でも、最初アナタたちはセリカのことを完全に殺そうとしていましたよね?」

「ブルックスを味方につけて、私を消そうとしてたわよ?」

「だから申し訳ありませんでした!! あれは、ブルックスの兄貴がセリカ嬢の肩を持ったもんだから、勇者と魔王はグルでなんかの好機を狙ってんだと勘違いしちまって……。さすがに死にたかぁないもんですから、ちょこっと対応させてもらったわけなんです」

「ボス!? そういうことは教えておいてくださいよ!?」

「俺だって知ってたら、もっと協力できたのに!!」

「そう言うなよ!! お前ら、知ってたら知ってたでとても演技できるタマじゃぁねぇだろ!? これが最善の策だったんだよ!!」

「ぐっ……!!」

「うぅ……」


 ドラァドの勢いに、トリスとシエナはなにも言えないでいる。


「それで、こっからがメインの話なんだが」

「えぇ、教えて頂戴」

「……そもそも、そもそもですぜ? なんで急に魔王と勇者の話が出てきたんだ? って話なんですよ」

「なんで……って……。占い師が神託を受けたからでしょ?」

「そうです。でもね、なんでそんな神託の話が出てきたんで?」

「え、え? よくわからないんだけど……?」

「セリカ嬢は神託で『アナタは魔王です』って言われて、疑問に思わなかったんですかい?」

「そ、そりゃあ、なんの話? 意味が解らない、とは思ったわよ。でも、それが王宮の抱える占い師が出した結果で、しかも王様の命令だから、逆らうこともできないでしょ? だから……」

「ブルックスの兄貴は?」

「僕もセリカと変わらないよ。こんななりをしているけど、僕は元々平民の出だ。ある日『お前は勇者だから、魔王を倒さなければならない』と言われて、王国の騎士団へ入ることになったんだ。修行のためにね。同じく、なんの話なんだ? とは思ったけど、とても口出しできるような立場じゃなかったからね」

「それなんでさぁ! 誰も疑問に思っても、誰にも聞けないし聞いちゃいけないと思ってる。だから自国以外の噂に耳を傾けようとしないし、これが当然のことなのか疑問にしない。それなのに、討伐部隊だけ増えていって。……なんか可笑しくないですかい?」


 ドラァドの言うことは一理ある。誰もなにも詳細は知らない。国の一番偉い人間から最終的に神託を渡され、今日まで来たのだ。まるで、疑うこと自体が許されないことのように。


「怪し過ぎるんで、今他でも偵察しているところでさぁ。結果が出るまでは、セリカ嬢にはこの城から出ないでいただきたい。もちろん、無理にとは言いやせんが。……ブルックスの兄貴がいるから、心配はないと思ってますけどね? チラッと聞いた話と俺の読みを合わせれば……今後、この城に来る人間はもっと増えて、セリカ嬢が危険な目に遭う可能性は高くなる」


ガハハと笑って見せるときよりも、トリスとシエナに怒ってみせるときよりもずっと、ドラァドは真面目な顔をして言った。


「この国の王は、なにか考えてやがる。めちゃくちゃ大きな不安ってわけじゃねぇが、底が見えなくて怖いんですよ。セリカは思ってた魔王増なんかどっか行っちまうくらいの人間だし、勇者サマも話が分かりそうだ。……俺のこんな、身もふたもない話を、最初は危険な目に合わせちまった俺の話を、もし信じてくれるんなら。ちょっとだけ、聞いてもらえやせんか?」


 ドラァドは大きく頭を下げた。こんなことをする義理はない。が、見かけによらずドラァドは真面目で愚直な男だった。自分の行動で人の命が救えるならなんでもする。そんな男なのだ。


「お願いしやす!」

「お、俺からも!」


 続けてトリスとシエナも頭を下げた。ボスに従っているのだろう。もしかしたら、この短い時間のあいだに、心になにかが芽生えたのかもしれない。


「……あの、顔を上げて? ……ブルックスにも言われたの。みんなが私を殺しに来る……って。だから、アナタの言うこと、信じるわ。私だって魔王の端くれだし、対抗する術はあるけど。それでも私は人間だから。意味もなく人を殺したくないし、できれば無傷で帰ってほしいの」

「大丈夫、僕がいる。セリカを守るためなら、僕が魔王になる。すべての魔族を従えて、全人類に反旗を翻すくらい造作もないし、僕ひとりですべてを灰にしてしまうことも厭わないよ」

「……こりゃあ、愛が重いですね?」

「愛!?」

「いや、愛以外ないでしょうよ……」

「セリカは僕のモノです」

「こりゃあブルックスの兄貴がいれば、どんな魔法よりも兵器よりも、セリカ嬢は安心でしょうね」

「もちろんです。指一本触れさせない」


 ブルックスの言葉を聞いて、なるほどそう言うことかとドラァドは安心した。自分たちが残って城に来た人間を説得し、調査とともに味方と敵を選別するのも悪くないと思っていたが、そんな必要はなさそうだった。

 ドラァドはブルックスの評判も聞いていたが、それは「敵対した相手が何もせずに逃げ出すほど強い」という内容だった。それも納得で、ただただ単純い戦闘力が高いことに合わせて、セリカが絡む話になるとそれが何十倍も底上げされて異様に強くなるんだと確信した。実際、今この話をしながら、ブルックスのオーラが変わっていっていることをドラァドは確信していた。それに、自分たちを見る目は今でこそ普通だが、始めに対峙した時はその目だけで殺されるかと思ったし、セリカに害をなす人間がいるという話をしているあいだは、人類皆殺しにしてもおかしくないほどの殺気を放っていた。ふたりのあいだにいったいなにがあったのかドラァドは知らないが、そのことに関しては断言できると言えた。

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