第3話
「実は、先ほどここに来るまでのあいだに、怪しげな集団を見かけまして。恐らくこちらに向かっていると思うんですよね。まだここには到着しないとは思いますが。……見に行きますか?」
「えっ……えぇ?」
「見てもらったら、実感できるのかなと。それに、害を成す人間はすぐにでも消したほうが良い」
「ん、うぇ……?」
困惑しかないセリカは、変な声をあげてまた泣きそうな顔をした。
「大丈夫です。守ります、から」
爽やかな笑顔の陰に、真っ赤な瞳が隠れた。まだ食べている途中ではあったが、抵抗する気のないセリカはブルックスに手を引かれ、そのまま城の外へと出る。
周りの木々の匂いを運びながら、少しだけ冷たい風がふたりを包む。真っ青な空には雲ひとつなく、ただただ自然を感じさせる空気が、セリカを落ち着かせるようにその場に留まっていた。
「……おやおや、もう来てしまいましたか……」
遠目に人影が見える。ひとりではなく、複数のようだった。
「あの……?」
「姿は消していてくださいね?」
ブルックスが呪文を唱えると、セリカの姿が消えた。
「よし、これなら大丈夫、見えていません。少し離れたところで、見ていてください」
「ブルックス……?」
「そんな顔をしないでください。まずは話し合いから始めますから」
ニコリと笑って、ブルックスはセリカから離れた。先ほどまでとはまとう空気が違う。セリカと話をしていたときとは。
一抹の不安を覚えながらも、セリアは言われた通りにその場から動かずブルックスを見守った。忠告を受けたからと言うよりも『今動いてはいけない』と本能に告げられている気がしたからだ。
ブルックスと相手の距離が縮まったとき、ブルックスの顔から表情が消えた。
「こんにちは。どちらに向かわれるのですか?」
「あぁ? なんだアンタ」
「この先は、魔王城しかありませんよ?」
「なにをそんなわかり切ったことを……」
「あ、ボス! コイツもしかして勇者じゃないですか?」
「勇者?」
「えぇ! 絶対そうですよ! この顔見覚えがあります! 勇者ブルックスだ!」
彼らは三人組だった。ガタイが良く、柄の悪い雰囲気を醸し出した男性三人組だ。ボスと呼ばれた男がリーダーなのだろう。言われてみれば一番貫禄があるかもしれない。この男性が少し前に出るかたちで、後ろのふたりを従えているように見えた。
ブルックスのことを勇者だと呼んでいる。間違っていない。――ただ、ブルックスは彼らの思う【勇者】ではなかったかもしれないが。
「ちょうどいい! ここで勇者のアンタに出会うとはな。俺たちだけで行っても良いんだが、アンタも良かったら一緒に魔王のところへ行かないか?」
「……魔王のところへ?」
「あぁそうだ。神託を受けた……って魔王になった女だが、俺はたまたまそのとき顔を見てね。ただの小娘だったよ。ちょいと首でも捻ってやりゃあ、すぐにオちそうだ。別に俺たちだけでもすぐに片付くだろうが、なんせ今の今まで致命傷を与えったって話は聞いてねぇ。とんでもない魔法を使いやがるかもしれねぇからな。そこで勇者の出番だ。勇者は魔王と対になってるんだろ? アンタならなんの問題もない。手柄は分けりゃあ良いだろ?」
「なるほど」
「こう見えてもボスは、ちょっとは名の知れた傭兵なんですぜ!」
「こう見えて、は、余計だこのバカ」
「っ、痛ェ!」
ボスが後ろを振り向いて声の主を軽くはたいた。
「と、とにかく! 勇者にも勝てるかもしれねぇボスなんだ! ……下手に断らないほうがいいと思うぜ?」
はたかれなかったほうの男が言う。態度はオドオドとしているのに、自信はありそうだ。
「うーん、お断りします」
「おうおう。そうか、じゃあ早速……ん? 今なんつった?」
「お断りします、と申し上げたのです」
「……はぁ!? こんな好機またとないかもしれねぇんだぞ!?」
「僕は魔王を倒すつもりはありません。……彼女は心優しい。そしてなによりれっきとした人間だ。神託だなんて、そんなもの信じない」
「なに言ってんだよ……アンタだって、神託で勇者になったんだろ?」
「勇者になりたくてなったわけではありません。それに、彼女だって、なりたくて魔王になったわけじゃない。……身勝手な人間に、勝手に魔王にされたんだ」
「おいおいおいおい。急にどうしたんだ? 魔王が原因で魔族と人間との争いが起こり始めてるんだぞ?」
「それは彼女のせいじゃない」
「じゃ誰のせいだって言うんだよ!」
「……人間です。だから僕は、人間から彼女を守る必要がある」
「ボ、ボス……コイツ頭おかしいですよ……?」
「か、関わらないほうが……」
「……いや。ここで勇者を倒せば俺が勇者になれるかもしれねぇ。そんで魔王を倒したら、とんでもねぇ恩恵が得られるかもしれねぇんだぞ?」
「ボス! さすがです!」
「じゃあ、今から勇者を?」
「あぁそうだ。……アンタに恨みはねぇが、魔王を守るって言うんならアンタも敵だ。悪いが、ここで死んでもらうぜ」
「やってやりましょうボス!!」
「行きましょうボス!!」
「……ふぅ。僕を恨まないでくださいね? 恨むなら、どうぞご自分を」
三人組が武器を手に取りそれぞれ構えた。あまり強そうには見えないが、啖呵を切っただけの実力はきっとあるのだろう。
「死ね勇者!」
「やってやる!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「……とても、威勢が良いですね。それでは、僕も遠慮なく」
そう言って剣を構えたブルックスの動きは、非常に滑らかで優しいものだった。三人とも一太刀で気絶させたのである。鞘から剣は抜かなかった。魔王を守るつもりではあったが、まだ相手を殺すつもりはなかったのだ。
「……セリカ、もう動いても良いですよ? 僕の言った通り、動かずにいてくれたのですね、さすがです」
「わ、私はなにもしてないもん……」
見えなかったセリカの姿が光の粒子を纏いながら露わになった。彼女の姿が周りから姿が見えなくなっていただけで、セリカからはすべて見えていた。三人組とブルックスの話した内容は大きな声だったから聞こえていたし、背中を向けていたから詳しくなにをやったのかは見えていなかったが、彼が動いたことで三人組が地面に倒れ込んだことはわかっていた。ブルックスがなにかをしたんだろうという程度でしかなかったが『セリカを守る』と言ったブルックスの言葉に偽りがないことは今回のやり取りで良くわかった。
「アナタに危害を加えるというので、殺しても良かったのですが、セリアはそれを望んでいませんよね?」
「のっ……望んでません!」
「あぁ良かった。僕は間違っていなかったみたいで。セリカのことだから、きっとこのあと『手当しなきゃ』って言うのでしょう?」
「……よく、おわかりで」
「僕もしてもらったことだから。……僕以外の人間にその慈愛に満ちた瞳が向くことは嬉しくないのだけれど。エリカの悲しむ顔も見たくないから。僕が運ぼう。城の中に入れてしまって、良いんだね?」
「も、もちろんよ! ブルックスが彼らを傷つけたようには見えなかったけど、ここに来る道のりだって決して平坦じゃないわ。どこを痛めていても、不思議じゃないもの」
「……セリカ、やっぱり君は女神だね」
「そっ、それ! 恥ずかしいからやめて!!」
「嫌?」
「いっ、嫌……ってわけじゃないけど……」
戸惑うセリカに近づくと、ブルックスは俯くセリカの顔を下から覗き込んだ。
「それとも『僕の愛しいセリカ』のほうが良かった?」
「もっとダメ!!」
「あはは。……凄いなセリカ。耳まで真っ赤だ」
「揶揄わないでよブルックス!」
「僕は至って真面目だよ? 君が見ていないところだったら、この三人組の命はなかったかと思っているからね。セリカになにかしようとする奴は、一人残らずこの世から消してあげるよ?」
優しく微笑んでいるだけなのに、そう言って笑っているブルックスは、セリカよりもよっぽど魔王の貫禄があった。
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