第4話


 「さぁ、僕の気が変わらないうちに。中に運んでしまおう」

「え、えぇ……」


 勇者はセリカを見えなくさせた呪文とはまた違う呪文を唱えた。すると三人組の身体が宙に浮き、先を歩き始めたブルックスとセリカのあとを追いかけるようにフヨフヨと進んだ。


「ブルックスって、そんな魔法も使えるのね?」

「魔法は得意だよ。県も得意だけど、大人数相手なら圧倒的に魔法のほうが良いね。沢山の人相手なら、うんと派手な魔法が見られるよ?」

「……見なくて済むことを祈るわ」

「僕は君が傷つかないようにするだけだよ」


 なんとも言えない雰囲気のまま、ブルックスはお茶会をしていた部屋へ三人を運ぶと魔法を解いた。


 ――ドサリ。


 音を立てて床に落ちた三人は小さくうめき声をあげると、モゾモゾと動いて順番に目を覚ましていった。


「おはよう。よく眠れた?」

「……う……いててて……あ?」

「おかしいな? 手加減したのに。言うほど痛くないでしょう?」


 首元を撫でるボスは、その声を聞いてハッとしたような顔をしている。口をぎゅっと真一文字に結んだかと思うと恐る恐る顔を上げて声の主を確認した。そして他のふたりよりも早く土下座の体勢をとり地面に頭を擦りつけた。


「あぁぁぁぁごめんなさい!! どうか、どうかお助け下さい!!」

「……ボス?」

「ボス!? なにしてんすか!?」

「俺がボスだ! 俺はどうなっても構わねぇ!! だから、だからコイツらは助けてやってくれ! 大事な、大事な家族なんだ!!」


 『勇者にはどう足掻いても勝てない』と、そう悟ったのだろう。実際、力量の差は彼ら三人が束になっても、暫くのあいだ修業したとしても到底埋まらないほど開いている。しかも、三人は『勇者が女神と讃える魔王を殺そう』とした。そんな相手に勇者が今後手を抜くはずがない。確実に殺しにかかってくるだろう。魔王を守るために。それならば、せめて自分がその筆頭として名乗りを上げ、仲間だけでも守ることができれば上出来だと、ボスは必死に考えて言葉にした。


「あっ、あのぉ……ボス、さん?」

「へいっ!!」

「私はその、ボスさんたちをどうにかしようとは微塵も思っていなくて……。自分が殺されるのはその、絶対嫌ですけど。このまま引き下がっていただけるなら、なにもしません」

「どうかご勘弁を!! 魔王様!! ……え?」

「私が遭遇した人たちはみんなそう、です。なにかしたいとは思っていません。自分の命は守らせていただきますが……。それ以外は、私も無傷で返っていただきたいと思っていますよ? あ、ホラ、ボスさんたちも。ここまで来るのは大変だったでしょう? ところどころ擦り傷もあるし、それはぶつけたんですかね? 色が変わってて痛そう……。すぐに治しますね!」

「えっ、えっ?」


 セリカはブルックスがドラゴンに焼かれたときのように、三人に治癒魔法をかけた。すると、体のあちこちに見られた怪我と痣の痕はどこへやら、綺麗サッパリあっというまになくなっていった。


「き、傷が消えてる……?」

「なんか急に力が漲ってくるような……?」

「う、嘘だろ? おい!!」

「完了です!」


 セリカの言葉に嘘はなく、ただ三人を治した。


「……二度とセリカに手を出さないというのならば、このまま街へ帰そう。そうでないのならば……」


 ブルックスはさやから剣を抜いて、三人組へとその切っ先を向けた。


「とっ、と、とんでもねぇ!! 見逃してもらったうえに、怪我まで治してもらったんだ! 感謝こそすれど、もう襲うなんて絶対にしねぇ!! なぁお前たち!」

「ボスの言う通りだ!」

「襲ったりして悪かった!」

「それなら、なにも心配いりませんね。セリカ、この人たちを街へ送っていきます。アナタはお城から離れないでくださいね?」

「わかったわ。……でも、ちょっと心配よ。私魔王だし、他にもの人たちみたいな人が来たら……」

「そのことですが! ちょっと俺たちの話を聞いてくれやしませんかね?」

「話?」

「そうだ! 魔王についての話なんだが……」


 ――グゥゥゥゥゥゥゥ。


「あ」

「うげっ」


 ボスのお腹が大きくなった。お腹が空いていたらしい。


「ボスさん、お腹が空いていたんですね? ……食べている途中だったし、お茶会やり直しましょうか。そのあいだに、お話を聞かせていただきたいの」

「……驚いた。食ってって良いのかい?」

「えぇもちろん! お茶会は人数が多いほうが楽しいのよ? イイでしょ? ブルックス」

「セリカがそう言うのならば。……そこの三人がなにか変な気を起こそうとしても、僕がいれば大丈夫だしね」

「もうしねぇよ! ……って、あんまり説得力がないよな、わかってらぁ。おれはコイツらのボスではあるが、ふたりのボスじゃあねぇ。俺はドラァド。こっちの薄っぺらいのがトリスで、ちっこいのがシエナだ」

「お願いしやす! トリスっす!」

「同じくシエナっす!」


 ドラァドの紹介を受けて、ふたりは慌てて頭を下げた。


「よろしくね。私はセリカ。彼はブルックスよ」


 改めてセリカも自己紹介をした。


「それじゃあ、ゆっくり聞かせてもらおうかしら。ガーラ! ガーラ!!」

「……セリカちゃん? お呼びでしょうか……って、人間!?」

「オーク!?」

「みんなでお茶することにしたの。準備を手伝ってくれない? もちろん、お高いには参加できる人全員参加よ!」

「か、畏まりました……えっと、さすがに量が多いですので、みなさん手伝っていただいても?」

「あ、あぁ、もちろんだ! 荷物は任せな!」


 戸惑いを隠せないガーラはチラリとセリカの顔を見たが、当のセリカは意にも介さずトリスとシエナと話をしている。『そういうことか』と、ガーラはドラァドをキッチンへと誘い、先にお茶会の準備をし始めた。


 セリカとブルックスのふたりで行うはずだったお茶会は、いつのまにか二十人を超える大所帯になっていた。ドラァドはみんなに話を聞いてもらいたいと思っており、見回りに行っておらず手の空いていた魔物たちを集めた結果、これだけ集まったのだ。客間でお茶会をするには狭いと判断したセリカは、その場所を大広間に移し、大きなテーブルを囲んで全員が座った。

 お茶会が始まり始めは訝しがっていた魔物たちも、魔物に対し緊張の色を隠せなかったドラァドたちも、お互いが探り探りであったものの概ねリラックスした状態で会話ができるようになっていた。特にドラゴニュートのファイが仕入れていたお菓子とお茶の効果は凄まじく、人間たちのあいだでも手に入れることが難しい人気商品というだけあって、魔族たちだけでなくドラァドたちも湧かせていた。


 思う存分美味しいものを飲み食いし、双方満足げな表情を浮かべていた。お腹も心も満たされたのである。魔族と人間、両者にあった目に見えない溝は、お茶会を経てもうすっかりなくなっているようだった。


「ドラァドって、色んなこと知っているのね」

「俺ぁみんなに仕事と飯と宿を用意してやらなきゃなりませんから。これでもできることは色々とやったんでさぁ」

「ボスはみんなの鏡なんですぜ! ボスのためなら我ら火の中水の中!」

「ボスについて行けば、なんにも間違いないありゃしねぇ!」

「これはこれは、素晴らしい忠誠心と信頼ですね。 ……それで、死にかけたわけですが?」

「あぁもう! それは言わないでくれよブルックスの兄貴! ありゃあ完全に俺が間違ってた! 何度謝っても謝り足りねぇ!」

「いいのよドラァド。……あ、忘れてた。それで、話ってなんだったの?」

「……俺も忘れてた」

「そのためにお茶会したのよ!? 今からでも、思い出して話してくれるかしら?」

「すいやせん! ええっと、そうです、まずは、今の人間たちの話を聞いてもらっても良いですかね?」

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