第10話


 「……それで? ドラァドはそう思う?」

「……怪しさしかないってのが、率直な感想ですかねぇ」

「僕もだ。意図的に操作された印象しかない」

「あんまり『魔王を倒す!』って気概が見られないんですよねぇ……。魔王についても自国の人間にしか広めていやせんし、魔王がヤバい存在なら、もっと緊急でぶわぁぁぁぁぁっと広めると思ってるんですが……」

「あぁ。……今回はどちらかというと、倒すというより囲い込む感じに見える」

「と、言いやすと?」

「セリカのことを、閉じ込めておくんじゃないか、と。そもそも神託とやらがあった時点で彼女を殺しておけば、なにも起こらずそのまま終わったはずなのに。わざわざ城をあてがって、実際には隔離できていないが隔離しようとしている」

「……みんな今は忌諱するどころか遊びに来ていやすしねぇ……」

「僕の存在もそうだ。魔王を倒す存在、と言われたわりに、自国の騎士団に入れられただけで終わりだ」

「武器の支給やら、魔王の弱点やらそんな話はなかったんで?」

「ないよ。多少不便なところに魔王城は建っているけど、誰でも行こうと思えば行けるし、実際にドラァドたちも来ただろう? わざわざ脅威になる予定の魔王を、あんなところに置いておく理由がわからない。……確かにあの城はもとから魔族が住んでいたが、だからと言っていきなり行かせるだろうか……?」

「……そうですね」

「なんそいうか、お遊びなんだ、すべてが。力が入っていなくて、やっていることが浅い。……僕の勇者とは一体なんなんだ……?」

「城の占い師とやらは、やっぱり怪しさ満点でさぁ」

「城内部はこちらで調べる。外からも占い師の情報をあたってくれないか?」

「えぇ!」

「一番気になるのはルイサ王だが……。お互い早急に答えを出そう」

「もちろん!!」


 セリカと別れての帰り道、ふたりは現状について話し合っていた。どう考えても、このふたりにはおかしなところしか目につかない。なぜこんなことになったのか。魔王討伐に、勇者の存在意義。あわない危機感に周囲の温度差と情報の錯綜。どれをとってもよくわからなかった。下手な三文芝居に付き合わされているようで気持ちが悪い。それが率直な感想だ。違和感が拭えず、誰もいない舞台で糸に繋がれながら脅されているような感覚。なにも話を知らないのに、突然台本だけを渡されて演じることを命じられたような。その不自然さがまとわりついて離れなかった。


「なるはやで行かせていただきやす。……忙しくなりやす。どうか、セリカ嬢の元へは、頻繁に足を運んでやってくだせぇ。……嫌な予感しかしねぇ」

「同感だよ。だが、僕じゃなくとも、ドラァドでもセリカは安心するはずだ。今日まで、短い期間ではあるがそれなりの信頼関係を築いてきただろう?」

「へへへ、兄貴にそう言ってもらえるなら光栄でさぁ! それじゃ、すぐにでも取り掛かりやすから、この辺で!」

「あぁ。気を付けて」

「……お互いでさぁ」


 ドラァドはランタンを使って、どこかへ行ってしまった。ひとり残されたブルックスは、一度立ち止まって難しい顔をしてなにか考え込んだあと、ゆっくりと歩き出した。


 それから毎日、夜遅くになるとブルックスはセリカの元へ足を運んだ。その日なにが起こったか、なにを見つけたかの報告とともに、お菓子に花を添えてセリカに渡していた。そのまま少し他愛もない話をして、名残惜しそうに手の甲にキスを残して去っていくことが日課になっていた。


「今日もありがとう! ……私は外に出られないから、ブルックスが毎日持ってきてくれるお土産がすごく嬉しいの」

「これくらい、いつでも持ってきますよ」

「嬉しい。……でも、すぐに帰ってしまうのよね」

「あまり長居して、他の人間に見つかってもいけませんから」

「……そう、よね」

「それに、気になる動きが城のほうで続いておりまして。……できるだけ早めに、なにかあるならきちんと調べておきたくて。……許されるなら、僕もずっとセリカの元にいたい」

「我儘言ったみたいでごめんなさい! 私に関係することを調べてくれているのに、邪魔しちゃいけないわよね……」

「そんなこと!」


 ブルックスはセリカをギュッと抱き締めた。


「……ブルックス……?」

「きっと、もう少しの辛抱です」

「……えぇ、ありがとう」


 セリカがブルックスを抱き締め返すと、さらに力を込めてブルックスはセリカを抱き締めた。


「愛しています、セリカ」

「あ、あの、私……!」

「まだ言わないでください。なにも。でも、アナタが嫌がらないということが、そう言うことなのであれば。すべて終わったら、聞かせてください」


 見つめ合う二人に、窓から差し込む月の光がかかる。頬に手を添えて、ブルックスはセリカの唇に初めてキスをすると、いつもよりも悲しそうな顔で魔王城をあとにした。そしてセリカは、いつも以上に高鳴る心臓の音に、苦しささえ感じていた。


 ――それからさらに一週間後。セリカは自室でそわそわしながらブルックスとドラァドの来訪を待っていた。『詳しい情報を掴んだ』と、ブルックスから聞いたからだ。今日、その詳細を聞く手はずになっている。ドラァドと一緒に。


「あーもう……落ち着かないわ……」

「セリカちゃん……」

「ガーラもそうでしょう? だってきっと、私の存在意義……魔王と勇者についてのことなのかもしれないのよ?」

「……わかっております。ですが、少し落ち着かれては……?」

「落ち着けないわよ! ……だって、だってもし、私が実はめちゃくちゃ悪いやつで、それに神様が気が付いてて、魔王って神託を寄こしたなんて話だったら? ブルックスやドラァドたちだけじゃない。……あなたたち魔族とも一緒にいられないのかもしれないのよ?」

「それは」

「魔族が人間を支配するとか、魔王ひとりで天下をとるとかなっちゃったら、私ここにいられないじゃない……。せっかく、せっかくみんなと知り合えて、仲良くなれたって思ったのに」

「セリカちゃんは、そんなことしたいと思っているのでしょうか……?」

「全然! 微塵も思ってないわよ!!」

「それなら大丈夫です。みんな、セリカちゃんがどんな人間かわかっていますから」

「……ありがとう、ガーラ」

「いえいえ、これくらい。……そろそろ、皆さんもやってくる頃合いでしょう。お茶の準備をしてきます」

「お願いね」


 心配そうな表情を見せたガーラだったが、セリカを残し部屋を出た。


「……みんな、優しいわよね……」


 閉まったドアを見つめて、セリカは呟いた。


 ドン――ドンドンドンドン――

 ワアァァァァァァァワアァァァァァァァァ――!!


「……え? な、なに……?」


 白の外から、なにやら大きな音が聞こえる。辺りでお祭りなどやっているわけもなし、だが急に大きな音と人の声が響き始めた。


 ――ドンドンッ!!


「だっ、誰!?」

「セ、セリカちゃん――!!」

「ガーラ!? あなた、お茶の準備をしに行ったはずじゃあ……?」

「大変です! ルイサ王が!! 兵を引き連れてやってきました!!」

「――え」


 『ついにこの瞬間が来た』――と、セリカは思った。今まで攻め入ることができる距離なのに、ルイサはここへはやってこなかった。いつでもここへは来られたはずなのに。王がこの城へ兵を引き連れてやってきたということは、そういうことだ。ついにやってきてしまったのだ。よくわからないまま今ここにいる、自分への命が尽きるカウントダウンの音。


 ――自分の、処刑の時間が。


「みんなを集めて。……元々、この城はアナタたちのモノだわ。本当は、逃げないで済むと良いのだけれど。固まって、この城から一度出てちょうだい」

「そんなこと! できません!」

「できなくてもするのよ! ……これは、人間が勝手に始めた魔王と勇者の話なの。……って、倒しに来たのは王様みたいだけど。アナタ達を巻き込みたくないわ。逃げさえすれば、きっとブルックスとドラァドがなんとかしてくれるはずよ」

「いえっ!! あのふたりはもうすぐ来るはずです! そうしたら、それこそ絶対になんとかしてくれますから!」

「……そうね。でも、今ここに来たのはこの国の主なの。誰も、逆らえないわ」

「セリカちゃん……そんな……」

「だから、早く逃げて!」

「――その必要はないよ?」

「――っ!? あ、あなた……!!」

「これはこれは心優しき魔王様。ご機嫌いかがで?」

「……突然女性の部屋に無断で入るとは随分な御趣味で。……なにしに来たのかしら? ルイサ王」

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