第2話
「あ、あの、今日は……」
「あーあーあーあー! このあいだは助けてくれてありがとう!! 本当はもっと早くお礼を言いたかったんだけど、 すぐに表に出られなくて」
「え、あ」
「そこのガーゴイルから聞いたよ! 今日はお茶会に招いてくれたんだよね。嬉しいなぁ」
「ど、どうも?」
「あ、まだ名乗っていなかったね。僕の名前は【ブルックス】。あー、わかってるとは思うけど【勇者】って呼ばれてる」
「よろしくブルックス。私はセリカ。ようこそ我が城に」
「こちらこそよろしくセリカ。……こうやって会えて嬉しいよ」
「その、一応聞くけど私と戦う意思は……?」
「ないね! ……君もそうなんだろう?」
「……えぇ、ないわ」
「だと思った。よっぽど周りの人間のほうが殺意に満ちているからね」
「ふふふ。人間ってやっぱりそうなのね。さ、行きましょう」
「あぁ」
セリカはブルックスに背を向けると、自分の城に向かって歩き始めた。敵に背を向けるという危険な行為も、気にせず行うことができる。彼は敵であるが敵ではない。
ブルックスは、綺麗な黒髪に赤い瞳が特徴的な青年だった。すらっとした体形に、背も高い。元々どこかの国の騎士なのか、いかにもな格好をしている。腰には剣を携えて、不意打ちでなければあの剣が猛威を振るうのかもしれない、とセリカは考えた。
セリカはブルックスを客間へ招き入れると、席へ座らせて既にテーブルに準備されたアフタヌーンティーのように盛られたスイーツの類を紹介した。
「……それで、これは」
「これは僕たちのあいだでも人気なんだよ! なかなか手に入らないけど、よく準備できたね?」
「手伝ってもらったの。そこのドラゴニュートと、あとは知り合いの人間に」
セリカの視線を感じたドラゴニュートは、自分の行動が褒められたと感じウインクした。一瞬ビックリした顔をした勇者だったが、その意図を理解してウインクし返した。恥ずかしくなったドラゴニュートは頭をポリポリと掻いて顔を赤くしている。
「是非食べてください!」
「ありがとう、いただくよ」
ブルックスは手を合わせると、早速食べ始めた。
「……あの、食べながらでいいので、私の話を聞いていただけますか……?」
おずおずとセリカはブルックスに話しかけた。
「もひおんでふ!」
「ふふっ、あ、ごめんなさい! 変なタイミングで喋り始めてしまって……」
「んんっ。……ふぅ、いえいえ、こちらこそ、食べながら答えてしまってすみません。お話とはなんでしょうか?」
「は、はい、あの実は……」
セリカは深呼吸をし、意を決した表情で声を出した。
「私たち魔族と! 平和協定を結びませんか!? 戦う必要はないと思うんです! 昔みたいに、仲良くしたいんです!」
畳みかけるようにすべての言葉を言い終わると、はぁはぁと肩で息をしながらブルックスのほうを見た。
「……あ、あぁ。協定、……協定、ですか」
最初はきょとんとした顔で聞いていたブルックスの顔が、一気に引き締まった気がした。
もしかしたら『地雷を踏んだかもしれない』とセリカは思ったが、一度出した言葉を引っ込めることもできず、そのまま話し続けた。
「そうです。ホラ、元々仲は悪くなかったですよね? 一緒に暮らしている地域もありましたし、交流も盛んな人たちもいましたし」
「それは……そう、ですね」
「アナタが私をこ……倒すために城に来ていることはわかっています。でも、それでも。一縷の望みがあるのならば! 私は人間たちと一緒に共存したいのです!」
「……僕が答えを出せると思う?」
「え……あ……」
自分を倒しにきた勇者を説得できれば、世界は平和になると思っていた。だが違うのだ。それが成功したとしても、あくまでも「セリカがブルックに倒されない」だけで「他の勇者には倒されるかもしれない」可能性は残っている。他の誰かが同じように神託を受けるかもしれないのだ。それに、勇者は魔王を倒すことに関しては人間の代表かもしれないが、それ以外の部分では違うのだろう。国には王様がいる。村や町にも代表がいる。政治にも、商売にも。勇者に発言力はあるかもしれない。だが、決定権があるわけではない。
「君が優しいことはわかってる。そして、元々人間……みたところ、今も人間に見えるけどね。きっと変わっていないんでしょ?」
「……私は人間です。人間であり、魔王なんです」
「そんな心優しい魔王様に、僕も今日話をしに来たんだ」
「え?」
「……落ち着いて聞いてほしい。人間側は、魔王である君だけでなく、他の魔族も根絶やしにすることを決めたよ」
「……?」
気持ちが追い付いていないのか、あいまいな笑顔を浮かべてブルックスを見た。
「まずは君からだ、セリカ」
「……ブルックス……?」
「君は、殺される」
ブルックスの言葉の意味を、セリカはようやく理解した。自分は死ぬのだと。――殺されるのだと。自分が助けた男に、今度は殺される。助けたのに、助けたのに。悲しくて、悔しくて、涙が頬を伝った。自分は人間なのに。魔王になったけれど、身も心も人間のままなのに。人間と仲良くしたいのに。魔物は悪い奴ばかりじゃないのに。なぜ、どうして。どうして、どうして――。
「泣かないでセリカ。……これを言って、君が傷つくことはわかっていたのに。ごめん」
「あ、いえ、いいの、良いの。……ごめんなさい、その、急に泣いたりして」
「いや、僕が悪かった。こんなんじゃないんだ、僕が言いたかったのは」
「死ぬのね私。そっか、死ぬの……」
セリアは力なく笑った。いつかは死ぬだろうと思っていた。病気や老衰ではなく、誰かに殺されて。
「死なない! 君は死なせない!」
「で、でも、アナタが……」
「僕は君を助けに来たんだ!」
「そうよね、助け……助け……?」
「そうだよ、僕は助けに来たんだ! あのとき、ドラゴンに焼かれた僕を助けてくれたように」
「あのときはごめんなさい! まさか、ずっと眠っていたドラゴンがあの瞬間に目を覚ますなんて思ってなくて……。ちょっと脅かして、帰ってくれたらいいなって思っただけで……」
「わかってる。あんなに必死に僕のことを治してくれたんだからね。……あのときの君は、まるで神話に出てくる女神みたいだったよ。決して魔王なんかじゃあなかった」
「て、天……!?」
「そうだよ、まさに女神だった。そんな人が、人間を傷つけるなんて思えない」
「ブルックス……?」
「だから、安心して? 僕がセリカのことを守るから。勇者として」
「勇者として……? 私を……?」
ブルックスは、セリカを殺しに来たわけではなかったらしい。それどころか、人間に殺されそうになるセリカを助けにやってきた。
「素直に言えば、僕はセリカ、アナタに一目惚れしました」
「は? あ、え?」
「だから、アナタを守りたい」
「え、あの、えっ?」
ブルックスは席を立つと、セリカの隣へ行き跪いた。そして戸惑うセリカの手を取ると、左手の甲にキスを落とした。
「アナタを守るためならば、僕が魔王となることも厭いません」
「……っ⁉︎」
真っ直ぐにセリカを見据えるブルックスの瞳は、ゆっくりと燃えるような闇をたたえていた。その瞳を見ていると、胸をギュッと掴まれるような、心臓の音が耳に響くような、思わず目を逸らしたくなるような、今まで感じたことのない感覚を覚えた。
「でも、いきなりこんな話信用できませんよね?」
「信用……いや、信用……?」
頭の中がグチャグチャしている。締め付けられた胸の痛みが戻らない。ヒヤリと背中が固まり、耳に響く心臓の音が酷くなる。ブルックスの握る手も、指先から体温が消えていくようだった。
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