第8話
言葉通り、ブルックスはセリカを助けるために王城へと向かい、またこの城へと戻ってきたのだ、セリカを連れて。
「……ところでその、そろそろ離してくれても良いかなと思うんだけど……」
「そう? まだ呼吸が落ち着いていないのに?」
「そっ、それは、その」
王城の外へ出たとき、普段の運動不足が祟ってセリカはその場から動けなくなってしまった。慣れない全力疾走をした結果がこれだ。息を切らしながらランタンを使うセリカを、ブルックスはひょいと抱えてそのままの体勢で移動した。だから、セリカはブルックスの腕に、お姫様抱っこの状態で納まっていた。
「怪我がないか、しっかり見ておかないと」
「えっ、あっ、えぇっ……!?」
ブルックスはセリカを抱えたまま、彼女を寝室へと運んだ。
「な、なんで私の部屋の場所知ってるの……?」
「セリカの匂いが一番するから」
「はっ、えっ?」
戸惑いを隠せないセリカを見て、ブルックスはクスクスと笑った。
「……冗談だよ。目的地を君の部屋にして、その道のりを調べる魔法を使っただけ」
「そ、そう」
先ほどよりも説得力のある回答を得て、セリカはほっと胸を撫で下ろした。
「はい、着いたよ。お姫様」
ブルックスはセリカをベッドへと下ろす。
「……それで? 怪我は?」
「怪我……はないと思う……」
「本当に?」
「なにかされた……ってわけじゃないし……まだ」
「……気になる言いかただね?」
「えっ、あっ、ごめんなさい……。そんなに深い意味はなくて、その」
「僕が確かめても?」
「た、確かめる……って?」
「知りたい?」
首をかしげてどこか悪戯っぽく笑って見せるブルックスの姿を見て、セリカは自分の顔がみるみるうちに赤くなっていくような感覚を覚えた。
「どうかした?」
「なっ、なんでもない! み、見なくて良いから! あああ! ほ、ほら、ここ!! ちょっと擦りむいたこれくらいだから! 他はなんともないから!」
慌てて取り繕い、自分で自分に治癒魔法をかけた。確かにあった小さくて細かい擦り傷は、いともたやすく消え去っていった。
「ね? 綺麗サッパリ! 治ったからもう大丈夫よ!?」
「ふっ……くくくっ……。そんなに必死にならなくても、なにもしないよ? ちょっとセリカの慌てる顔が見たかっただけ」
「な、なによそれ! ビックリするくらい心配してるのかと思って、私のほうが心配になってたのに……」
「ごめんね? でも、無事で良かった……」
安堵の表情を浮かべ、ブルックスはセリカを抱き締めた。
「ブルックス……?」
「……本当に心配したんだ。急にいなくなって、よりにもよって移動した先があの城なんだから……」
「……不注意だったわ。心配かけてしまってごめんなさい」
「いや、僕が言い過ぎたのかもしれない。確かにあんなに珍しくて面白いものがあったら、気になるのは当たり前のことだよ。嫌な気持ちにさせてしまって、ごめん」
「そんなことないわよ! だって、ブルックスはすぐ迎えに来てくれたし……。あのままだったら私、絶対殺されていたのと思うの。……生きてて良かった……」
彼の強くなる腕の力に応えるように、セリカもギュッとブルックスの背中に回した腕に力を込めた。胸に顔を埋めて身体を委ねている。
「……もう、安易にあの城へ入っちゃだめだよ?」
「うん」
「特に、あのルイサ王には近づかないように」
「うん」
「どうしても用事がある場合は、僕やドラァドが代行するからね?」
「うん」
「疲れただろう? 今日はもう、ゆっくり休むと良い」
「うん」
「……ところで、こうやって抱き締めてくれるって言うことは、セリカが僕のことを認めてくれたってことなのかな?」
「うん。……ん!?」
大人しくブルックスの話を聞いていたセリカだったが、顔を上げた瞬間ブルックスと目が合い思わず腕を離して後ずさった。
「あ、あのっ……!!」
「あれ? 違ったのかな?」
「それは……」
セリカは口ごもった。ブルックスの好意は痛いほどわかっている。だが、その真っ直ぐな気持ちが妙に気恥ずかしくて、特にブルックスの言葉には応えようとしていなかった。
「……それにしても、あの王様は、セリカにご執心なのかな?」
「ルイサが? ……まさか」
「そうでなければ、君の顔に触れたりはしないと思うけどね?」
「あれは……あれはきっと、私が睨みつけたから、わざとそうしたのよ」
「それに、彼の言おうとしたことも気になる」
「……どちらかというと、ブルックスがルイサにご執心に見えるけど?」
「そりゃあ、君が奪われてしまったら困るからね? しっかり調べて対策を取らないと」
「大袈裟よ! まさかそんな」
「……セリカは少し、男というものを学んだほうが良いかもね?」
「なによ! 私が色恋沙汰に疎い……って言いたいの?」
「そうじゃない。ただ、純粋だと」
「絶対違う! ……良いわ、もう一回行って直接ルイサに聞くから!!」
「ダメだ!」
ベッドから立ち上がろうとするセリカを制し、ブルックスはそのまま押し倒した。
「絶対にダメだ。……良いね?」
「……わ、わかったわよ……」
ベッドがギシリと沈み、至極真面目な表情のブルックスと目が合った。その真っ直ぐな眼差しに、これ以上声が出ない。流れる沈黙の間に、セリカは徐々にブルックスの顔が自分へと近づいてきている気がした。
「……ただ、心配なだけなんだ」
崩れ落ちるようにブルックスはセリカの顔のすぐ横へ、おでこを埋めた。その分ベッドが沈み、また小さく音を立てる。
「ブルックス……」
「とにかく、ルイサの行動は怪しい。占い師の件も含めて、早急に調べてもらうようドラァドに一任する。……いいね?」
「えぇ……」
「もっと、自分のことを心配して」
「わかったわよ……。……あの、そろそろ……どいてくれる……?」
「……ごめん」
起き上がるブルックスと、再度目が合った。先ほどとは異なり、今度はどこか悲しそうな、愁いを帯びた目をしていた。
「……それじゃあ、今日はもう帰るよ。……魔族たちにちゃんと、警備をしてもらって」
「いつもより多めに就いてもらうようお願いするわ」
「少し、僕も調べてみることにする。もし城から直接兵が派遣されるようだったら、すぐに戻ってくるよ」
「ありがとう」
「部屋あを出たら、ガーラに声をかけておくよ。……それじゃあ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
ブルックスはセリカの頬にそっと手を添えた。そして悩む素振りを見せながら、少し考えておでこに軽くキスを落とすと、もう一度『おやすみ』と言って名残惜しそうに部屋をあとにした。
パタン――とドアが閉まる。その向こうに響く靴音は、徐々に小さくなりすぐにまったく聞こえなくなった。静まり返った辺りの様子に、セリカは急に寂しさを覚えた。
「……疲れた」
ベッドへ仰向けで倒れ込み、大きく深呼吸をした。今日は色々あり過ぎて、頭の整理が追い付かない。怖い思いもしたが、ただ、自分に味方してくれる人間がいたことは事実だ。今まではただこの城に籠って、たまに人間を追い返すような生活を送っていた。城にいる魔族たちは言葉のわかるものが中心だったが、それでも見た目は人間ではないものが大半を占めている。人間に近くても、角や尻尾が生えていたり、肌の色が異なっているのだ。どうしても、自分と比べてしまう。そんな中、自分と敵対する勇者が味方であると知り、すこぶる嬉しかった。ただお茶会をして見送ったあとだったら、きっとキャアキャアとガーラたちと一緒に騒いでいただろう。……だが、そうではない今手放しで喜ぶことはできなかった。
「ブルックス……勇者、か」
『アナタを守るためならば、僕が魔王となることも厭いません』――そう言ってのけたブルックスん歩顔が頭から離れないまま、セリカは顔を真っ赤にしながら、しばらく寝付けないまま次の日を迎えることとなった。
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