原が祓わにゃ誰がやる?
はらだいこまんまる
残された人生を考えてみると
これまで色々なバイトをしてきたが中でも病院の清掃というのが一番関わりが深い。
別にこだわりがあるわけじゃない。
元々は家と学校に近いからという理由で選んだだけ。
学生の間の小遣い稼ぎのつもりだった。
だが就職活動に失敗。
その後はベンチャー企業で会社員見習いをしたり治療家になったり。
紆余曲折の果て、何故か今も病院の清掃で食いつないでいる。
この不況とコロナの影響でバイト志望者が殺到している状況では経験者が優先的に採用される。
今までのバイト経験を活かせる職場といえばこれしかない。
それに今からハンバーガーを焼く気にはなれなかった。
実に様々な病院を清掃してきたが今度の病院は当たりだった。
嫌な人間が一人もいない。
ベテランのバイトも社員である上司もみんな和気藹々。
僕は久しぶりに平和な日々を送っていた。
そんなある日のこと。
休憩室での話題がいつの間にか『これまでで一番の恐怖体験』になっていた。
「やっぱ一番怖かったのは精神科の入院病棟を掃除していた時にいきなり患者に後ろから抱きつかれたことだね。あん時ゃまいった」
高齢のオバさんバイトが言った。
「オレはだな、廊下に垂れた血液をキレイにしてくれって頼まれたのが怖かった。いや、血液なんて洗剤撒いてモップでこすりゃすぐ落ちるんだがな。その血液ってのはだな、病院に逃げ込んだ強盗犯が持っていた包丁から滴り落ちたヤツだっていうじゃねえか。まったく勘弁してほしいぜ」
ベテランの男性バイトが言った。
「業務用エレベーターでいつも挨拶してくるオッサンがいたじゃん。てっきり奴はここの業者か入院患者かと思ってたんだけどよ。実は屋上につながる階段で寝泊まりしていたホームレスなんだって。本当にここの警備はザルだね」
若干怒りながら発言したのはまだ二十代の若手フリーター。
なるほど、彼らが語る内容は妙にリアルで怖いといえば確かに怖い。
そんなことを思っていると、
「なあ原くん。君はあちこちの病院で働いてきたそうだからこの手の話の1つや2つは知ってるんじゃないか。よかったら聞かせてくれ」
強面だが普段は温厚な社員の主任が僕に向かって言った。
さて、自分には何があっただろうか。
思いを巡らすと浮かんでくるのは2つの出来事。
あれは前の病院だったっけ。
救急救命の処置室では勝手に扉が開いたり勝手に電気が消えたりするのは日常茶飯事。
「あの処置室は出るのよねぇ、キャハハハ」
ナースが笑いながら同僚と談笑するのを横目に清掃業務に励む毎日。
僕も不意に怪しい人影を見たりしたが忙しさによる幻影だと言い聞かせていた。
「おい原。お前は例の処置室の扉についている手形を消してこい。ナースたちが気味悪がっているから今すぐな」
ある時、先輩のバイトに命令された。
処置室の扉には確かに手形の汚れがある。
しかしどうしても落ちないのでスルーしていたのだがとうとうクレームが来たらしい。
ついでに言えばこの先輩バイトは職場の嫌われ者で僕との折り合いも悪かった。
命令は命令なのでおとなしく従うことに。
だがどんな薬剤を付けてもどれだけこすっても手形は落ちない。
「おう、手形は落ちたか?」
先輩が様子を見に来た。
「いや無理ですね。ねえ先輩。ここは発想の転換をしましょうや。縁起物にしちゃいましょう。この落ちない手形に不渡手形を当てると支払いができるようになる、なんて噂を意図的に流したりすれば全国の債務者たちも喜んで不渡手形を当てに来るかも」
「……」
先輩は呆れて無言のまま。
「今みたいに会話が途切れて沈黙が支配するのは霊が近くにいるせいらしいですよ。まあそれはともかく、悪いことは言わないからバイトに任せず専門業者に頼むのをオススメします」
言いたいことを言ってスッキリした。
その後、先輩はこの一件を仲の良い主任に告げ口でもしたのだろう。
些細なことで解雇されてしまった。
もう1つのエピソードは前の前の病院だっけ。
甘酸っぱい恋の思い出と言ってもおかしくはない。
そう、僕は上司である現場の可愛いマネージャーが好きだったんだ。
当時、僕が担当していたのはオペ室がたくさんあるフロア。
平日はチームを組んで集団でオペ後の血だらけの部屋を清掃する。
が、日曜祝日は基本的に病院はオペの予定は入れない。
とはいえ緊急のオペがいつあるかわからないので誰かが清掃を担当しなければならない。
日曜祝日はオペがなく楽なので喜んで出勤した。
楽とは言っても自分で課題を見つけ仕事をしなければならない。
そして結果を日報に記入し提出する仕組み。
当然この日報はマネージャーも目を通す。
さて、このフロアの一角が前から気になっていた。
明らかに不気味で暗くて空気が淀んでいる。
霊感のない僕でもはっきりとわかる。
よし、日曜のプロジェクトはここを清めよう。
目に付く汚れを取るのは誰でもできる。
目に見えない所をキレイにしてこそ掃除のプロ。
次の日曜、僕は食卓塩の瓶を持って現場に立つ。
霊のせいか場所のせいかはわからないが今から僕が清めて祓う。
原が祓わにゃ誰がやる?
僕は四角に食卓塩で盛り塩をセット。
やおら中国拳法の構えを取った。
天もご照覧あれ、我が活躍を!
呼吸は穏やかに目は半眼。
静かな足の運びとステップ。
股関節から回転させ、やがて腕も回転させていく。
動きは徐々に早くなり軽やかに力強く舞う。
すなわち
つまりは昔習った拳法のシャドーボクシング。
相撲の四股、空手の息吹。
武道の所作には魔を祓う効果が確かにある。
なので確信を持って意拳舞を行った。
約10分後、静かに動作を終え呼吸を整える。
驚くべきことに空気が軽く明るくなっていた。
前よりも六割ほど!
僕は意気揚々と日報に我が偉業を書き記した。
これを読むマネージャーに僕の存在を知らしめたい。
ところが、話は思いも寄らぬ方向に。
数日後、この現場で一番偉い部長に呼び出しを食らった。
「君は霊感が強いのかね?」
「いえ、むしろありませんが」
「まあ、あってもなくてもだ! 怪しいことはしないでくれ! 決められたことをキチンとすれば文句はない。余計なことはするな!」
部長は怒っていた。
憧れのマネージャーと仲良くなるどころではなかった。
「どうした原くん? 黙りこくって。特になければ無理に話さなくても大丈夫だぞ」
主任の言葉で我に返った。
僕が思い出した2つのエピソードはあまりにも馬鹿らしくってとてもじゃないが話す気にはなれない。
だから視点を変えよう。
「そう言えば、僕が清掃会社を辞めるとですね、その清掃会社は次の入札で負けて現場から撤退します。ほぼ間違いなく。不思議ですね」
「やめてくれ! 君の話が一番怖いよ。だから辞めないでくれ。そうだ、ウチは80を超えた人も活躍しているからそれまで頑張ってくれないか」
主任は割と真面目に頼んできた。
そうなると僕は残された人生を病院の清掃に捧げなければならない。
冗談じゃないぞ!
これこそ一番怖い話だ。
くわばらくわばら。
原が祓わにゃ誰がやる? はらだいこまんまる @bluebluesky
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます