夜に来る人

七倉イルカ

第1話 夜に来る人


 私は長男である。

 二歳離れた姉、三歳離れた妹がいる。

 うらやましがる方がいるかも知れないが、残念ながら、子供のころから仲は非常に悪く、大人となった現在では、ほぼ絶縁状態にある。

 まあ、仲の悪さは、この話には関係ない。

 子供部屋に現れていた人影の話である。


 私たち三人は、私が中学生になるまでは、十畳ほどの子供部屋が与えられていた。

 いびつな台形をした形の部屋で、壁の一辺には姉と妹の机がならび、続く壁の一辺には二段ベッドが置かれ、奥の壁には私の机が置かれていた。

 眠るときは、私が二段ベッドの上、妹が下を使い、姉が床に布団を敷いてそこで眠るという形である。


 あれは、小学校二年生か三年生のころであった。

 当時の就寝時間は、9時であったと思う。

 夜の9時になると、姉が照明から下がっている紐スイッチを引っ張って明かりを消す。

 常夜灯は点けているので、淡いオレンジの光がぼんやりと光っている。


 私は非常に寝つきが悪く、明かりを消した後でも、布団なのかで何度も寝返りを打ち、頭の中で怪獣と戦う架空の武器を開発し、忍者となって大阪城へ忍び込むミッションなどをこなしていた。

 11時ということは無いが、10時ぐらいまでは起きていたように思う。

 そして、半分ウトウトとし始めたころになると、子供部屋のドアが静かに開くのだ。

 ドアが開くと、リビングの明かりが、暗い子供部屋に差し込む。

 私は横向きに寝ていることが多く、その姿勢で薄く目を開けてうかがうと、父親と母親が、リビングの明かりを背に受け、黒いシルエットとなって子供部屋に入って来るのが見えるのだ。


 私は薄眼を開けたまま、眠ったふりを続ける。

 こんな遅い時間まで起きていたことを知られると、叱られるからである。


 ドアは閉められ、子供部屋は再び暗くなる。

 常夜灯の明かりだけの中、薄目をしていると、部屋の様子ははっきりとは見えない。

 ただ、父親と母親の人影の動きだけは、何となく分かる。


 部屋に入って来た二人の影は、まず布団に眠る姉を並んで見下ろす。

 眠っているかどうかを確認しているのであろう。

 その後、影は二段ベッドへと近づいてくる。

 近づいてくる影が、ふっと沈んで私の視界から消える。

 しゃがみ込み、下の段で眠る妹を見ているはずである。

 そして、次は唐突に、下から上へぬっと現れる。

 私が眠っているかの確認である。

 ベッド枠にある低い転落防止柵の向こうに、父親と母親の影がある。

 上の段で横向きになって寝ている私の顔の高さと、それを確認する父親の顔の高さが同じである。

 これほど近い距離だと、暗い部屋だとは言え、薄目を開けていればバレるかも知れない。

 なので、このときだけは、完全に目を閉じている。

 目を閉じて耳だけを澄ましている。


 しばらくすると、ドアが開けられる音が聞こえる。

 私は薄目に戻る。

 二つの人影が子供部屋のドアを開け、リビングに出ていくところが見える。

 そして、ドアが閉じられ、部屋の中が暗くなると、私は一度目を開く。

 常夜灯だけの暗い子供部屋を見回してから目を閉じ、ようやく眠りにつくのであった。


 こういうことが、しばらく続いた。

 毎夜である。

 父親と母親が現れる前、早い時間に私が眠ってしまう事はあったが、起きていれば、父親と母親は必ず現れた。

 これが、どれぐらい続いたのかは覚えていない。

 一ヶ月以上、二ヶ月は続いていたと思う。

 そして、いつの間にか、父親と母親の夜の見回りは無くなっていた。


 高校生になったとき、当時のことを母親に聞いたことがあった。

 「オレがまだ小学生だったころ、お母さんとお父さん、オレたちが寝ているかどうか確かめに、二人で子供部屋まで来てたよね。

 実は、オレ、あのとき起きていたんだよ」

 「……なんの話?

 そんなこと、したこと無いわよ」

 母親は怪訝な顔でそう言った。

 

 後で父親にも同じ質問をしたが、母親と同じ答えだった。

 「そんなことをしたことはない」


 私が小学生のころ、毎夜、子供部屋に来ていた、あの二つの人影は誰だったんだろうか?

 今にして考えれば、あまりに黒く、輪郭はシンプルで、妙にのっぺりとした影だったことを思い出す。

 ……誰と言うより、あれは、何だったんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜に来る人 七倉イルカ @nuts05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ