おしまい


 ■


 退院した後、サチはアマノの『訓練』という名のデートに勤しみ始めた。友だち同士でも『デート』って言っていいらしいけど、サチのあの甘さっぷりはすごい。出会った時からわかっていたことだけど、本当にアマノのことが好きなんだなって思う。

 アマノはとても明るくなった。サチと一緒に遊びに行くのが楽しいようで、サチもアマノの言うことはよく聞くから、俺もトモチカさんもアマノに足を向けられない。良いことづくしだ。

 色々あったけど、アマノを助けられてよかったと思う。

 タナカ先生の方は、意識を取り戻したらしい。誹謗中傷や休んでいた職場のことなど、色々な問題が山積みのようだけど、トモチカさんや校長先生がサポートすると言っていた。これから大変だと思うけど、上手くいって欲しい。

 

 そして季節は秋。

 突然、サチは冒頭のセリフを切り出した。

 あの出来事はもう遠い昔のように思えて、俺はなんとか田の神の言ったことを思い出す。

「そりゃ、川の氾濫を食い止めるためじゃないのか? 田の神さまは、水神さまでもあるんだし」

 俺がそう言うと、んー、とサチは首をかしげる。

 そう言えば、俺がサチに質問することはあっても、サチが俺に質問することはあんまりなかったな。珍しい。

「だったら、もっとハッキリ言っても良かったんじゃねーかな、って。だってアレ、豊穣の踊りって名目だったっしょ? 踊ったお礼にしちゃ、あんまりにも遠回しじゃん?」

 言われてみれば確かに。

 そこで、はた、と田の神の姿を思い出す。

 そう言えば、田の神は狐の耳としっぽを持っていた。体は俺たちより幼かったけど、あの顔はどこかで見覚えがある。

 ……そう言えば、アマノのお母さんは、行方不明じゃなかったっけ。

 そこで思いつく。

 単なる思いつきだ。そもそも、田の神はあれから現れていない。アマノも母親との記憶がなくて、複雑な感情を抱いているから、ほとんど自分からその話をしない。だからこれは、誰の気持ちも晴れない仮説だ。

 でも、と思う。

 ――神様としてのお願いじゃなくて、とても個人的なことだったんじゃないだろうか。

 本当は川の氾濫を止めて欲しかったのではなく、アマノを止めて欲しかったのだとしたら。それで、遠まわしな言い方しか出来なかったとしたら。


「……でもまあ、アマノと会えて、良かったじゃないか」


 俺がそう言うと、「そりゃ当然」とサチが返す。

 さっき思いついたことは、誰にも言わないでおく。その方がいいだろう、と思えるからだ。多分サチに聞かせたら、怒ってとっちめに行きそうだし。

 会えない事情も、一緒にいられない事情も、俺にはわからない。だから、秘密にしておこう。

 ピンポン、とインターフォンが鳴る。今日はアマノが、タナカ先生を連れてくる日だ。

 サチが嬉しそうに走っていく。俺も、その後ろに続く。

 玄関の引き戸を開けると、紅葉の色が見えた。

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サチとタケル~妖しい事件と狐の少女~ 肥前ロンズ @misora2222

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