第22話 衣替えと時計の針

 


 眩しい朝の日差しがカーテンの隙間から降り注ぐ。

 窓を開けて、朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込む。


 連休明けの今日は、まだ伝えていない自分の気持ちを圭君に伝えようと決めていた。


「よしっ、完璧……っ!」


 西高の制服も衣替えで夏服に変わり、これも可愛くて、やっぱり西高にして良かったな、と思う。


 緑色のチェックスカートに半袖の白シャツ、お洒落な花音が教えてくれた通りに、光沢のある水色のリボンを少しゆるく結ぶ。


 いつもより丁寧にポニーテールに結び、髪留めは圭君が、触れることの多いリボンのシュシュにした。


 芽依に「頑張ってね!」と背中を押してもらい、大きく頷いた。

 まだ圭君は来ていない。

 圭君がいない朝の教室は、しん、としていて、静か過ぎる。


 勉強会の時に藍川君に、圭君のことが好きなのかと直球で聞かれ、好きだと口にしたら自分の気持ちが分かり過ぎるくらいによく分かってしまった。


 今も圭君のことを想うと、心臓がとくとくと忙しく動き始め、胸がきゅう、と甘く締め付けられる。


 圭君に早く会いたいな、と思う。


 静か過ぎる教室で、時計の針が進む音が耳につく。


 カチカチと秒針の音だけが教室に響く。


 静かな教室に独りでいると、もう圭君が来ないかも、時間が経ち冷静になった圭君に呆れられてしまったかも、と悪い想像ばかりが頭の中でぐるぐる渦を巻き始める。


 大丈夫、大丈夫。


 今日はたまたま遅いだけだと悪い想像を追い出そうと頭を横に振る。

 カチカチと秒針が進む音が気になって仕方ない。何度も呪文のように首を横に振る。

 時計に目を向けると、下りの電車組があと五分くらいで着く時間になっていた。


「もう来ないのかな……」


 よく考えたら『また明日』の約束を告白した後にしていなかった。


 朝のベランダ以外で、圭君と二人きりで話すことは殆どない。

 圭君はいつもみんなの中心にいて、いつも男の子達と楽しそうにしている。

 このまま圭君と話せなくなったらと思うと、苦しくて寂しくて、熱いものが込み上げて来る。


「ごめん……っ!」


 勢いよく後ろの扉が開き、汗をかいた圭君が教室に入って来た。


「ごめん、葵ちゃん。朝から自転車がパンクしちゃって……えっ? 葵ちゃん、泣いてる……っ?」


 私の机の横に圭君がしゃがみ込み、頭の上に熱い手をぽんっと置く。


「ご、ごめん……なさい。圭、君の顔見たら、ほっとして、気が抜けちゃった……」


 圭君の手に、ぽんぽんとあやすように撫でられる。

 ほわりと圭君の体温が、優しさが伝わってくるみたいで、その手がすごく優しくて、嬉しくて、そっと目尻の涙を拭いた。


「葵ちゃん、……心配させてごめんね。また明日ゆっくり話そう?」


 私の顔を覗き込み、どこか言い聞かせるように優しく話す圭君に、首をふるふると首を横に振る。


 『また明日』じゃ嫌だった。『今』の私の気持ちを圭君に伝えたいと思った。


 いやいやと首を振る私を、圭君が困ったように眉を下げる。

 少し冷静に考えれば、いつクラスメイトが扉を開けてもおかしくない時間だと分かったけれど、圭君のことで頭がいっぱいの私は、その事はすっぽり抜け落ちていた。


 ただただ、目の前にいる圭君を真っ直ぐに見つめる。


「圭、君のことが——好きです……」


 圭君の動きが、ぴたりと止まる。顔の表情も固まっている。


 そのまま見つめ合ったまま、沈黙が流れる。


 多分、時間にしたら数秒。

 だけど、永遠みたいに長く感じる。


 圭君の瞳がゆっくりと見開き、片手で顔を覆い、下を向いた。耳が朱色に染まっている。私の頬も釣られるように熱を持つ。

 圭君がゆっくり顔を私に向ける。

 いつもの大好きな爽やかな笑顔に変わる。


「俺も好き。葵ちゃんが大好きだよ」


 改めて、甘く目を細めた圭君に言われ、心臓がどきりと跳ね上がる。心臓が苦しくなるくらいに早鐘を打っているのに、とてもとても甘い。


「ああ、良かった……俺、振られるのかなと思ってたから……」


 圭君が顔を再び覆い、はあ、と大きく息を吐いた。

 

「葵ちゃん、健介の話をしてから様子が変になったから……」

「あの、あのね、圭君……「しー!」」


 圭君に健介君の話をしようと思ったら、人差し指で静かにとジェスチャーをされる。

 どうしたのかな、と首を傾げると、圭君が音を立てないようにゆっくりと扉に移動をした。


「お前ら、立ち聞きするなよ……っ!」


 ガラリと勢いよく扉を開けると、花音を含めた下り電車組のクラスメイトが雪崩れて来た。


「えへっ、バレちゃったか」


 花音がてへぺろして謝って来たけど、私はどこから聞かれていたのか、気になって仕方ない。


 さあ、と血の気が引くのが分かる。


 圭君が『また明日』と言い聞かせるように話していた理由にも、ようやく気付いて、更に血の気が引いた。


「葵、大丈夫だよ。葵が好きですって言ったとか、相沢が俺も大好きとか、全然聞いてないから! ねえ、みんな?」

「「「うんうん!」」」

「あのな、そう言うのを全部聞いてるって言うんだよ……」


 呆れた顔で圭君がクラスメイトを見た後、ゆっくり私に顔を向ける。

 私と視線が合うと、蕩けるみたいな笑顔を見せるので、かあ、と顔に血が上るのが分かる。

 圭君がゆっくり腕を伸ばし、安心させるように私の頭をぽんぽんと撫でる。


「また明日、ゆっくり話そう?」


 圭君が優しくそう告げて、私も笑顔で頷いた。

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