第2話 入学式



 青空が広がる気持ちのいい朝。

 今日は西高校の入学式。


 私は、伸ばしていた髪をポニーテールに結び、白いブラウスのボタンを留め、赤いリボンを結ぶ。深緑色のチェック柄のスカート、紺色ブレザーを羽織れば西高の制服の完成。


「大丈夫、変じゃないよ」


 鏡に映る自分を見ながら、小さく言い聞かせる。

 健介君達に言われていた通り、西高の制服の可愛さは県内で一番だと思う。


 葵が西高の制服着たらやばいだろう……


 健介君の言葉を思い出す。

 気付けば、西高の制服のブレザーの裾をぎゅっと握っていた。

 入学式から制服にシワが出来たら大変だと慌てて手を離した私は、不安そうに苦笑いを浮かべている鏡の自分と目が合った。


◇ ◇ ◇


——入学式が行われる体育館


「ねえねえ、塾で一緒だったよね?」

「うん。私も見たことあるなって思ってた!」

「良かった! ボーイッシュなイメージがあって、……こっちの方が可愛いし、似合ってる! 桜中の吉田花音よしだかのんだよ。花音って呼んで?」

「楓中の渡辺葵わたなべあおいだよ。私も葵でいいよ。花音よろしくね」

 

 美人で気さくな花音と、塾の話や西高の話をする内に、打ち解けることが出来たみたい。

 クラスに楓中出身の女の子がいなかったから、話せる女の子が出来て、ほっとした。


 入学式が始まり、新入生代表の子が呼ばれる。


「新入生代表、相沢圭」

「はい」


 壇上に上がる男の子、相沢圭に目を奪われる。

 整った甘い爽やかな顔立ちに、遠くからでも柔らかそうな髪、すらっと背が高く、声も少し低いのが心地良くて、見惚れてしまう。


「葵、口開いてるよ」


 花音が横でくすくす笑っていた。

 見惚れていたのを見られたのが、恥ずかしくて、慌てて口を閉じた。


「葵、同じクラスなのに大丈夫?」

「へっ? 同じクラスなの?」

「そうだよ、ほら、うちのクラスの席が空いてるじゃん」


 花音が指差した先を見ると、相沢圭がこのクラスの先頭の席に座るところだった。


 入学式が終わり、各クラス毎のホームルームが終わりに担任の久米先生が爆弾を落とした。


「相沢と渡辺で、春休みの課題集めて、職員室の先生の机まで持って来て。他の人は、提出が終わったら帰っていいぞ」


 これ自体は、出席番号あるあるだ。

 新学期になると、委員や係が決まるまで、先生に出席番号の最初と最後と言う理由だけで、高確率で指名される。


 花音が小さな声で「仲良くなるチャンスかもよ?」と揶揄うように言い、またね、と手を振り帰って行く。


「渡辺さん、女子の分は集まってる?」

「あっ、うん! 集まってるよ」

「俺も男の分は集めたから、さっさと持って行こうか」


 そう言うと、相沢君は私の両腕に抱えた課題の山を半分以上、自分の山に乗せた。


「えっ? あっ……あ、ありがとう」

「ん? いいよ、渡辺さん小さいから課題そんなに持ってたら前見えなさそうじゃん」


 相沢君は爽やかに笑い、「じゃあ行こっか」と歩き始める。

 正面から自分に向けて放たれた爽やかな笑顔に、心臓が飛び跳ねた。

 顔が赤くなっていませんように、と願いながら相沢君について行く。心臓がどきどき煩くて、隣の相沢君に聞こえていないか、心配になってしまう。


「新学期って絶対、こういう用事頼まれるよね?」

「そ、そうだね」

「真ん中の苗字が良かったなーって思ったことない? 鈴木とか斉藤とかさ」

「あっ、あるある! 佐藤とか高橋とか、本当に羨ましいもん!」

「やっぱり、渡辺さんは分かってくれると思った! 最初と最後の苗字あるあるなんだよ。他の奴に言っても伝わらないからもどかしくてさ」


 無邪気な子供みたいに、楽しそうに笑う様子に、思わず、くすっと笑ってしまう。緊張をしていた筈が、前から思っていた出席番号あるあるに食い付いてしまい、うんうん、と大きく頷いてしまう。

 いや、本当、これに共感してくれる人って全然いないから凄く嬉しいなと思う。

 気さくに話し掛けてくれる相沢君と久米先生に課題を渡し終えた。


 教室に戻り、時刻表を確認する。

 次の電車が来るまで十五分を切っている。急いでも間に合わないな、と早々に諦める。

 この次の電車は、本数の少ない時間帯だから一時間後だなと思うけど、私が走っても間に合わない自信があるから仕方ない。


「渡辺さん、帰らないの?」

「次の電車に間に合わなそうだから、その後に乗ろうと思って。相沢君は自転車なの?」

「えっ? この時間帯って一時間待ちでしょ? 次の電車、あと何分?」

「えっと、あと十分くらいかな? いや、でも、大丈夫だよ。明日の小テストの勉強するし……」

「ギリギリ間に合うから、自転車で駅まで送ってく! ほら、渡辺さん、行くよ!」


 相沢君が私の荷物をパパッと手に持つと、私の手首を掴み、走り出す。相沢君の私と同じ紺色のブレザーの背中を追いかける。制服の上から掴まれた相沢君の手が、鮮やかに目に映る。


「ほら、早く乗って!」

「う、うん……」


 相沢君が自転車に乗ると、爽やかな笑顔で振り向いた。

 格好いい人は、走っても爽やかさが減るどころかキラキラ輝きが増すらしい。

 高校初日に、いきなり格好いい男の子の相沢君と、二人乗りはハードルが高すぎると思ったけど、ここでもたもたして、迷惑掛けて、電車に間に合わなかったら物凄く気まずいよね、と自分に言い聞かせ、思い切って自転車の後ろに乗ると、相沢君の肩に手をそっと置いた。


「飛ばすから、ちゃんと掴まっててね! じゃあ、行くよ!」


 相沢君と二人乗りの自転車が、駅に向かって走り出した。

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