第12話 課題とお祈り



 放課後になり、藍川君と約束した通り四人で西森駅に向かう。

 前を歩く芽依と石ちゃんの背中がぐったり疲れて見える。


「うう……、連休中の課題量が多くて驚いたよ」

「芽依ちゃん、僕も終わるか自信ないよ」

「「はあ」」


 芽依と石ちゃんが息ぴったりで、大型連休の課題の多さを嘆いている。

 明日の土曜日は半日授業だが、追加の課題を大量に出されて、大型連休に突入するらしい。進学校恐るべし。

 芽依がくるりと後ろを歩く私に振り向く。


「葵、連休中に集まって、課題やらない?」

「ふふ、芽依はいつもそう言って、全然課題やらないじゃん」

「今回は、ちゃんとやる! って言うか、今回は答えのない問題プリントも出てるから自信ないし、——お願い……っ!」


 芽依が両手を組み、お祈りポーズを捧げられる。

 中学の頃から私の家に集まって宿題やテスト勉強をしていたが、芽依と一緒だとお喋りに花が咲いてしまって進まないけど、楽しいからいつも集まってしまう。


「もう、仕方ないな。いいよ、いつもみたいに私の家でいい? いつにする?」

「葵から後光が射して見える……っ」


 芽依と見合うと、くすくすと笑い合う。


「えー、僕も混ぜてよ! 芽依ちゃん、ずるいよー!」

「全然ずるくないよ! 私と葵は中学からの付き合いだもん。石ちゃんは藍川君とやったらいいじゃん」


 石ちゃんが縋るような眼差しを藍川君に向ける。


「やだよ。男二人で勉強なんて、一人でやった方が早い」


 藍川君がばっさり石ちゃんのお願いを却下する。

 芽依が、どんまい、と石ちゃんの肩を慰めるように、ぽんぽんと叩く。


「葵ちゃん、やっぱり僕も入れてよ? ちゃんとガールズトークもついて行くし」

「ええっ?」


 急に話を振られ、慌ててしまう。

 石ちゃんも先程の芽依と同じように両手を組むと、潤んだ瞳で、お祈りを捧げて来る。

 石ちゃんの柔和な容姿で、困ったように眉を下げられると、非常に断りづらい。

 この沈黙で生まれる無言の時間が、何だか私が悪いことをしているような気分になってしまう。


「——やっぱり駄目だよね」


 石ちゃんが寂しげな表情を浮かべると、大きくため息を吐き出し、お祈りポーズを辞めた。

 こんな顔をされた後で、芽依と集まるのも気が引ける。


「——分かった。芽依もいいなら、石ちゃんも来ていいよ。でも、二人共ちゃんと課題やってね」


 勢いに任せて、二人に向かってそう言うと、芽依はいいよ、と頷き、石ちゃんは、ありがとう、と柔和な笑顔を浮かべる。


「なあ、それ、俺も参加していい?」

「ええっ?」

「翔太がいいなら、俺が参加してもいいでしょう? それとも俺だけ・・駄目なわけ?」

「そ、そういう訳じゃないけど、……」

「じゃあ俺も参加の方向で、よろしく!」


 藍川君が、口角をきれいに上げた。


 集まる予定を決め始めると、勉強をするつもりなのに、何だかわくわくして来た。

 決め終わった時、芽依の降りる本山駅に到着した。


「じゃあ、またね」


 芽依と分かれて、もうすぐ鯉のぼりが見えて来るはずの風景を眺める。

 今日は風が吹いていないので、鯉のぼりはだらりと垂れ下がって寝ていた。


「渡辺さんって、鯉のぼり好きなの?」


 じっと鯉のぼりを見ている様子を藍川君に見られていたらしい。

 今日は鯉のぼりの質問が多い日だな、と苦笑いを浮かべて、藍川君をぐっと見上げる。

 隣に立つと藍川君の背はすごく高い。相沢君も高いけど、藍川君はもっと高いから、首の角度が真上に近いのだ。


「うん、好き! 泳いでると、ずっと見ていたくなるよね?」

「ふうん。そういうもんか」

「そういうもんだよ」


 藍川君が車窓の枠から見えなくなりそうな鯉のぼりを見つめている。

 その横顔の表情が、妙に心を引っかかるけど、それがどうしてか分からない。

 言葉が途切れたまま、水張りを終えた田んぼの景色が流れていくのを眺めている内に織姫駅に到着した。


「じゃあ、また明日ね」

「あ、俺も降りるわ」

「え?」

「僕は今日は辞めておくね。二人共、じゃあね」


 藍川君が、行こうぜ、とさっさと電車から降りるので、続けて降りる。


「渡辺さん、腹減ったから、コロッケ食べようぜ」


 私の返事を聞く前に、マイペースな藍川君は退場のICカードの機器にピッとカードを当てると、無人駅の改札を出て行く。

 私は足のコンパスの違う藍川君を小走りで追いかけて、無人駅を後にした。

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