第6話 ××××の小噺

 中目黒の小噺タクシー。幸せな小噺も、悲しい小噺も、滑稽な小噺や、感嘆する小噺も、コバヤシは様々な話を聞いてきた。そして今夜、それもついに…。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


 場所はいつもの中目黒。今日の乗客は派手な印象の新宿歌舞伎町No.1ホストだった。そして、この客が特別な客になろうとは。この客は予想だにしないだろう。


 コバヤシはいつも通り、料金の説明をしようとする。しかし、


「ああ、これが噂の小噺?タクシーか。本当にあるんだなぁ。なんか話して金額決めるんだろ?変な商売してんな、あんた」


「では、どちらまで行かれますか?お客様」


 横柄な態度のホスト。しかし、コバヤシはいつも通り冷静だった。ホストはそこで女と別れ、どかっと座り、偉そうに行く先を告げた。どこか鼻につく客である。


「どちらまでって、新宿だ。俺様の庭に帰るんだよ」

「かしこまりました、では小噺の方を…」

「あー?心配しなくても、飛び切りの笑える話をしてやるよ」


 コバヤシが伺う前に、ホストはべらべらと流暢にしゃべり始めた。この男、柄が悪い割には口は達者のようだ。これで、何人の女性を落とし込めていたのか。


「さーて。何を話そうかな?話題ならいっぱいあるからよ」


 そして、話し始めたホスト。多少は酔っているだろうに、慣れた口調で一言も詰まることなく話していた。コバヤシは黙って、新宿に向けて車を走らせた。


「そうだなあ、俺もいろいろ女性経験はあるが、あれは笑った女がいたな。ノリコとかいったか。ルックスは中の上でよ。まあ、貢がせるくらいには使えたかな」


 コバヤシの表情はいつも見えないが、いつにも増して静かだった。それがどういう意味なのか。このホストはまだ気づかない。バックミラー越しのコバヤシの表情は見て取れない。


「はじめは上京したてでな。下のもんがスカウトに行って。見どころがあるってんで見てみたが、正直、なかったな。まあそれでもウチの店には席を置かせてやったよ」


 自慢げにホストは話を続ける。コバヤシは沈黙を守る。


「滑稽だったぜ?東京に染まっていく芋娘を見るのは。まあ、いっぱしにはなるもんだな。初めて化粧した中学生から、夜の蝶になっていく。思い出すだけでも笑けてくるわ」


 その時から徐々に、ホストは少しずつ異変を感じていた。


「俺の中では6番目の女だったかな。いつもべったり着いてきてよ。うざってえったら、ありゃしなかったぜ。まあ、アレのためなら仕方ねぇかもしれねぇがな?」


(なんだ?なんで、俺こんな話してるんだ?)


 ホストは意図とは別ルートの話をしている。


「それもあの薬か。怖いねぇ、なんせ通常の3倍の依存性だからな。俺はやってないぜ?善良な都民だからな。そんな犯罪に加担するわけないだろ?部下や女はどうか、知らねぇけどな」


(なんでこんな奴に薬の話を!?口が…止まらねぇ!?)


「終いには壊れて、売り飛ばされたか。まあ、それなりの銭にはなったな。最後の最後で役に立ってくれたぜ。今ではもう海の底か。薄幸の人生とはこのことだな。はっはぁっ!!」


(や…やめろ、やめろ…、やめろ!!やめ…ん?)


 その時、ようやくホストはあることに気付く。道中は新宿の明るさはなく、どんどん暗がりへと入っていく。人の気配もまばらになり、東京のイメージとは程遠い。


「お…おい、本当に新宿への道か?おい!?てめえ!!」


「…ガナるな、ヤスハラ」


 ホスト、ヤスハラがさらに異変に気付く。


(俺…名前、言ってないよな?何で、こいつ俺の名を…?)


「おい、明らかに違うだろ、道が!!もういい、降ろせ!!」

「そうはいかないですよ、お客様」


 恐怖を感じるヤスハラ。こいつ…コバヤシから言い知れぬ、冷酷さと恐怖を感じてならない。青ざめるヤスハラは扉を開けようと殴りつけるがビクともしない。


「お前…何モンだ…?」


「いやあ、この日を待ちわびました」


 バックミラー越しに睨むコバヤシ。その目は悲しみと怒りと狂気に満ちていた。そう、彼はこの日が来るのを、首を長くして待ち望んでいた。そう、この日を。


「貴方が乗る、この日をね」

「お前…!?」


「申し遅れましたが、ノリコは…私の実の妹です」


「なっ…んだとォ!?」


 コバヤシの告白に、驚嘆するヤスハラ。車は暗闇の夜の山中へと向かっていく。明らかに人の気配はない。死出への旅路とはこういうことを言うのだろう。


「これで最期ですが、よく覚えて逝くといい」

「なに!?」


 コバヤシは車を止め、狂気に満ちた眼で、この業務を始めて、初めて客席に振り向き、こう告げる。その言葉は冷たく、そして真理をついていた。コバヤシの手がヤスハラの首にかかる。


「全ての小噺の締めが、ハッピーエンドとは限らないんですよ」


「ひっ…!!こ…このぉ!!」


 後日、奥多摩の山中で大爆発が起こったというニュースが流れた。そこには、ガソリンによる爆発に巻き込まれた車両の残骸が残っていたが、人の痕跡は確認されなかった。


 コバヤシとヤスハラの消息も、生死も、分かっていない。それ以降、東京で小噺タクシーは、一切確認されなくなり、その存在も人の記憶から消えていった。


 小噺タクシーは多くの乗客の人生を見つめ直させ、その人生の道筋を改めて、向き示した。それは全ての人に平等に。それが復讐という結末であっても。それが正しいかは分からないが。

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『短編』中目黒の小噺タクシー はた @HAtA99

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