第4話 ××××の小噺
幸せな小噺も、悲しい小噺も、滑稽な小噺や、感嘆する小噺も、コバヤシは様々な話を聞いてきた。そして今夜、それもついに…。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
場所はいつもの中目黒。今日の乗客は派手な印象の新宿歌舞伎町No.1ホストだった。そして、この客が特別な客になろうとは。
コバヤシはいつも通り、料金の説明をしようとする。しかし、
「ああ、これが噂の小噺?タクシーか。本当にあるんだなぁ。なんか話して金額決めるんだろ?変な商売してんな、あんた」
「どちらまで行かれますか?お客様」
横柄な態度のホスト。しかし、コバヤシはいつも通り冷静だった。
「どちらまでって、新宿だ。俺様の庭に帰るんだよ」
「かしこまりました」
コバヤシが伺う前に、ホストはべらべらと流暢にしゃべり始めた。
「さーて。何を話そうかな?話題ならいっぱいあるからよ」
「そうだなあ、俺もいろいろ女性経験はあるが、あれは笑った女がいたな。ノリコとかいったか。ルックスは中の上でよ。まあ、貢がせるくらいには使えたかな」
コバヤシの表情はいつも見えないが、いつにも増して静かだった。
「はじめは上京したてでな。下のもんがスカウトに行って。見どころがあるってんで見てみたが、正直、ないな。まあそれでもウチの店には席を置かせてやったよ」
自慢げにホストは話を続ける。
「滑稽だったぜ?東京に染まっていく芋娘を見るのは。まあ、いっぱしにはなるもんだな。初めて化粧した中学生から、夜の蝶になっていく。思い出すだけでも笑けてくるわ」
その時から徐々に、ホストは少しずつ異変を感じていた。
「俺の中では6番目の女だったかな。いつもべったり着いてきてよ」
(なんだ?なんで、俺こんな話してるんだ?)
ホストは意図とは別ルートの話をしている。
「それもあの薬か。怖いねぇ、通常の3倍の依存性だからな」
(なんでこんな奴に薬の話を!?口が…止まらねぇ!?)
「終いには壊れて、売り飛ばされたか。まあ、それなりの銭にはなったな。最後の最後で役に立ってくれたぜ」
(や…やめろ、やめろ…、やめ…ん?)
その時、ようやくホストはあることに気付く。
「お…おい、本当に新宿への道か?おい!?てめえ!!」
「…ガナるな、ヤスハラ」
ホスト、ヤスハラがさらに異変に気付く。
(俺…名前、言ってないよな?何で、こいつ俺の名を…?)
「おい、明らかに違うだろ、道が!!もういい、降ろせ!!」
「そうはいかないですよ、お客様」
恐怖を感じるヤスハラ。
「お前…何モンだ…?」
「いやあ、この日を待ちわびました」
フロントミラー越しに睨むコバヤシ。
「貴方が乗る、この日をね」
「お前…!?」
「ノリコは…私の実の妹です」
「なっ…んだとォ!?」
コバヤシの告白に、驚嘆するヤスハラ。車は暗闇の夜の山中へと向かっていく。
「これで最期ですが、よく覚えて逝くといい」
「なに!?」
コバヤシは車を止め、狂気に満ちた眼で、初めて客席に振り向き、
「全ての小噺の締めが、ハッピーエンドとは限らないんですよ」
「ひっ…!!こ…このぉ!!」
後日、奥多摩の山中で大爆発が起こったというニュースが流れた。そこには車両の残骸が残っていたが、人の痕跡は確認されなかった。
コバヤシとヤスハラの消息も、生死も、分かっていない。それ以降、東京で小噺タクシーは、一切確認されなくなり、その存在も人の記憶から消えていった。
中目黒の小噺タクシー はた @HAtA99
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