11.やわらかなアーム
僕は子供の頃からクレーンゲームが得意だ。大人になった今も、仕事で毎日使っている。
仲間と一緒に立ち上げた会社に、今日も出勤する。僕に割り当てられた仕事は、会社が飼っている小人たちを適切な場所に移動させること。一匹ずつアームで挟んで持ち上げ、こいつはここ、あいつはあそこというように、小人ごとに向いている場所に移してやっている。
小人はデリケートな生き物だから、僕のような繊細な操作ができる者じゃないとこの仕事は務まらない。さあ、仕事だ。頑張ろう。
「はぁ……何なのあいつ。飲みに行くの断ったら冷たくなるとか、バカじゃないの」
病を患った小人がぼやいている。よくあることだ。僕はクレーンのコントローラーを押して、仲間が開発したやわらかアームを小人に近付けていく。失敗すると、病が重くなってしまう。この個体は特によく働く稼ぎ頭なのだ。失敗は許されない。
僕の操作するアームは、小人には見えない。そろそろとアームを左右前後に動かし、ここだという位置で止め、小人が立つ地面へと下ろしていく。だんだん小人とアームの距離が近くなり、とうとう小人を捕まえることができた。
「よし、それじゃこいつは……」
アームが小人を下ろす先は、ホットチョコレートを出しているチョコレート専門店だ。アームに捕まえられている間の記憶は小人の脳内には残らない仕組みになっているが、なるべく優しく下ろしてやる。僕はこうして丁寧な操作を行い、これまで何匹もの小人を救ってきたのだ。
社長の言っていたとおり、こいつは吸い寄せられるようにチョコレート専門店へと入っていった。高級チョコレートがきれいに並ぶショーケースはちらりと見ただけで、イートインスペースで注文したホットチョコレートに口を付けて良い表情を浮かべ始めた。
「よーし、大成功だ。さて、次は……」
指示書をめくると、そこには『自殺願望者』とあった。当の小人はどうやらまだ生まれて十五年ほどしか経っていない個体のようだ。
「……これ、難しいやつだ……」
指示書には『ゲームセンターに下ろす』と書かれている。確かにゲームセンターは孤独な小人が集まって時間を潰すことのできるいい場所だ。でもその個体は今、オフィス街にある廃ビルの階段を上ろうとしている。深夜だから通りがかりの小人もいない。
「あまり混雑しているところは……気が休まらないだろう」
指示書に違和感を覚えたときには、僕が勝手に変更していいことになっている。僕は小人が階段を上っている間、ずっと考えた。下ろす先をどこにするべきかを。
「うん、あそこにしよう」
腹を決め、僕はアームを操作する。小人はもう廃ビルの屋上に到着している。早くしないと、こいつの命が失われてしまう。
小人は、屋上のフェンスをよじ登って乗り越え、あとは飛び降りるだけという格好になっている。アーム操作にはもちろん慣れてはいるが、慎重に行わないといけない。若い個体でもあるため、もし飛び降りるのを防げなかったり途中で落としてしまったりしたら、大損害が発生してしまう。
「……動くなよ、まだ飛び降りるなよ……。そうだ、そのまま、そのまま……」
そろそろとアームを近付けていき、小人の体を掴むことができた。まず第一段階はクリアしたとほっと息をつくが、ここからが勝負でもある。慎重に、かつ迅速に。僕ならできる、僕がこの小人の体を、運命を握っている……!
神経が研ぎ澄まされる。小人とアームだけを見つめ、馴染みのあるコントローラーを指先の感覚で確かめながら用心深くアームを動かす。普段動かすより遠い位置に下ろさなければならないというのもあり額に汗が滲んでくるが、構わず僕はアームを操作し続けた。
「……ふぅ、これで、きっと……大丈夫だ」
無事に小人を目的地に下ろすと、僕は胸をなでおろした。小人はきょろきょろと辺りを見回している。見覚えがあるだろう? 最後に見てから五年ほど経ってはいるが、そこは――
「お、おじいちゃんとおばあちゃん、の、家……? 何でこんな……僕、いつの間に電車に……?」
電車ではないのだが、まあいいだろう。きっとこの小人の中では、そのうち『すこしふしぎなこと』で片付けられていくはずだ。
「もう自殺しようなんて思うなよ」
小人は少々不安そうにしながらも、優しげな目で家の玄関を見ている。きっと懐かしさからだろう、涙も滲んでいるようだ。
ゆるんだ口元に緊張感を戻し、僕は次の指示書をめくった。
「さ、次は――」
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