9.木曜日
※「日曜日」の続きです。
https://kakuyomu.jp/works/16818093082525330914/episodes/16818093083225028528
「すーがーのーさーん」
「はぁーい、今行くー」
八月ももう終わるという木曜日の午前十時、僕は母さんに連れられて、
「やだぁ、泥だらけでお出迎えになっちゃったー。ごめーん」
「いいっていいって! こっちもごめんねー、忙しいところ」
あははは、と快活に二人は笑う。年齢が同じくらいということもあり、母さんと菅野さんの奥さんは仲が良いのだ。
「こんにちは」
軽く頭を下げて挨拶すると、手についた泥を気にしながら、菅野さんが「あらー、
「ねえ悠人くん、ちょっと聞いてよ。また式神が
「えええっ、またですか!? どっ、どど、どんなのですか!?」
「それがねぇ、かわいい声で……あ、見る? 見ちゃう?」
「みみみ見ますっ!」
興奮する僕をよそに、母さんは「あらぁ、ダンジョン周りきれいにしてらっしゃるぅ」とのんびりつぶやいている。式神はそんなにしょっちゅう畑で
「じゃあ畑に来てくれる? ダンジョン攻略はあとでいいから」
「はい!」
「私ちょっと買い物行くから、悠人のことよろしくー。あとで寄るわねー」
「はぁい、またねー」
そんな会話を経てから菅野さんは泥が付いた手を洗い、畑へと歩き出した。菅野さんは野菜を育てる才能を持っているに違いない。もらって食べる野菜はとても味が濃くて美味しいし、式神がこんなに成るなんて。素晴らしい才能だ。
「これなんだけど」
菅野さんが指し示した枝には、緑色のピーマンと赤いピーマンが成っている。その中に、赤と黄色がストライプになっているものが一つだけあった。
「もしかして、この……」
「そう、その二色の。一昨日、中から声が聞こえてきてねぇ。『ぴぃぴぃ』なんて。悠人くんがいなかったら道の駅の売店で
「うわぁ……ありがとうございます、本当にありがとうございます……!」
キティは一年前の夏、トマトから生まれた式神だ。確かその時も「悠人くんがいてくれたよかったー」と菅野さんが言っていて、こそばゆかったのを覚えている。
「そんなぁ、いいのよー。さ、もいじゃってもいじゃって」
収穫用の
「す、菅野さん、これ、開けていいですか……!?」
「そうねぇ、じゃあ庭の広いところにしたら?」
ますます興奮度が上がっていく僕に合わせることもなく、菅野さんはのほほんとしゃべる。僕は案内されるがまま広い庭へと連れていかれ、大きな引き戸の玄関とダンジョンの入口の間あたりで赤黄ピーマンを開けてみることにした。
「は、鋏、入れますね……!」
「はいはーい、やっちゃってー」
どきどきとうるさく鳴る胸を押さえながら一旦深呼吸をして、僕は赤黄ピーマンの横っ腹にそっと鋏を入れた。それからするすると縦に切り裂くと、中には小さな黄色い鳥がいた。ぱっと見はひよこのようだ。
「うひゃぁ、か、かわいい……! 初めまして、僕は悠人っていうんだよ」
「ぴぃ」
生まれたばかりの式神は、赤黄ピーマンにいた時はペットボトルの蓋くらいのサイズだったが、僕の手の平で体長十センチくらいまで大きくなった。生まれたばかりの式神は主が決まると力がだんだん増えていく。キティの時と同じで、出会ってすぐに僕を認めてくれたらしい。
「名前どうしよう。かわいいけど、きっと大きくなったら格好良くなるんだろうな」
「何となく赤と黄色のピーマンに入ってたし、火ってイメージよねぇ」
「そうですよね。じゃあ……『スズ』にしようかな。四神の南を守護する
「ぴぃ! ぴぃ!」
手の平の黄色い鳥は、僕が考えた名前に小さな羽をぱたぱたと動かして同意してくれる。菅野さんは「ちょっと待っててねー」と言って玄関を入っていった。僕はスズを一旦地面に下ろしてから、ズボンのポケットをごそごそしてキティが入っている虎の絵柄が付いた赤い缶を出し、蓋を開ける。
「キティ、式神の仲間が増えたよ」
虎の絵柄が蓋に描かれている小さな赤い缶の蓋を開けると、ぬるりとキティが登場した。白い体毛に黒のラインが入っていて格好いい。
「スズっていうんだ。仲良くしてね」
楽しそうに地面をころころと転がるスズは、サッカーボールくらいの大きさになっている。名前を与えたからだろう。キティは落ち着きのないスズに「ぐるるる」と鳴き、スズも「ぴぃ」と返して挨拶は終了したようだ。
僕が式神たちと戯れていると、母さんが「タイムセールの卵だけ買ってきちゃった」と言いながら戻ってきた。
「あ、式神ちゃんね。かーわいいー!」
「スズっていうんだ。母さんがテイムしたモンスターにも伝えておいてよ」
「はいはい、わかってるわよ。じゃ、菅野さん宅のダンジョン攻略……って、あれ? 菅野さんは?」
「ああ、さっき玄関を入っていって……」
母さんと一緒に玄関に視線をやると、ちょうどよく菅野さんが「お待たせー!」と言いながら引き戸を開けて出てきた。
「これ、使って!」
「ん? これは……?」
手渡されたのは平べったい四角で、手にすっぽり収まるくらい小さなものだ。つや消しの金色のボディに赤やオレンジ色の炎が描かれている。目の前にかざして見ていると、「オイルライターよ」と菅野さんが答えをくれた。
「オイルライター……ああ、確かにちょっとだけ油の匂いが」
「それにスズちゃん入れたら?」
「こ、これに? いや、その、油の匂い……」
「ぴぃ! ぴぃ!」
「えっ! スズ、これ気に入ったの!?」
「ぴぃ! ぴぃ!」
「わ、わかったから……」
菅野さんに教わりながらカキンと金属らしい音を立てて蓋を開けると、スズがさっそく飛び込んでいった。
「えええー、いいのかなぁ……いや、スズがいいならいいんだけど……」
「まあいいじゃない、キティちゃんも薬の匂い取れないのにあの缶ずっと気に入ってるんでしょ?」
「う、うん、そうだね。……で、ダンジョンどうする?」
「もちろん行くわよ! 母さん一人で大丈夫だと思うけど、もし手強そうなのがいたら呼ぶから」
「はいはい、じゃあがんばってね」
またも僕の出番はなさそうだけれど、念のため菅野さん宅の縁側で待たせてもらうことにした。出された麦茶の冷たさが喉を通っていくのが気持ちいい。
「菅野さんはダンジョンに何を置きたいんですか?」
「うち、野菜がいっぱい穫れてすぐ漬物にしちゃうから、漬物の瓶を置きたいのよね」
「ああ、なるほど」
「あ、そうだ、あとでトマトとナスとカボチャ持っていってね!」
「わー、ありがとうございます! ……ん? ということは……今日も……」
母さんが戻って来ないことにはわからないが、今晩のメニューもカレーになりそうな気がしてくる。「夏野菜のカレーよ!」なんて。
「じゃあお昼食べて行きなさいな。夏野菜のカレーにするから!」
菅野さんの言葉に、日陰で寝そべっていたキティがなぜかこくりとうなずき、オイルライターから出てバスケットボールくらいの大きさになったスズが地面を転がりながら「ぴぃ!」と鳴く。
「はい……、ありがとう、ございます」
やはり僕は料理も覚えないといけないようだと考えていると、母さんがダンジョンを出てくるのが見えた。エプロン姿のままで、特に汚れなどもなく。
「あっ、どうだった?」
「母さんだけで何とかなったわよー。しばらくモンスターは出ないはず!」
「さ、さすが……」
「あらぁ、ありがとう! これで漬物の瓶置けるわぁ」
「いいのよー」
「お礼にトマトとナスとカボチャ持っていってね」
「えっ! そんなに!? やだぁ、うれしいわぁ。じゃあ今晩は夏野菜のカレーね!」
うん、わかっていた。わかっていたんだ。でも昼食も……
「お昼食べてってよ、夏野菜のカレーだから。あはははは」
「やだぁ、同じじゃなぁい! あはははは」
「美味しいからいいのよぉ」
「そうよね、美味しいは正義!」
うん。わかっていたんだ。料理がんばろう、カレー以外の料理を。僕はそう、改めて強く思った。
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