4.異世界ハーレムを築いた幼馴染が私に会いに戻ってきた件


 突然、そいつは現れた。私の目の前に。


蘭子らんこちゃん! 会いたかったー!」


「……誰?」


 眉根を寄せ、約二メートル前にいる男を睨んでやる。本当は、この高くもなく低くもなくハスキーでもなくよく通るでもない声で中肉中背の男が誰だかは、わかっている。あえて知らないフリをしているだけだ。


「僕だよ、新司しんじだよ!」


「……新司……新司なのね! ……私も、会いたかった……!」


 そう、こいつは新司だ。二歳年下の幼馴染。危うく名前を忘れるところだった。もうあれから五年も経つんだから。ヤツは嬉しそうに両手を広げている。大きな剣のようなものを持ったまま。危ないだろう。ところで何で金髪なんだろう。カラスも真っ青の黒髪だったのに。


「……なんて言うわけないでしょおおおお!?」


 ピシッ、という音が聞こえたように思えた。もちろん新司の顔の筋肉の音だ。


「あんたが行方不明になってから何年経ってると思ってんのよ! 何で金髪なのよ! 大体、ここがコスプレ会場だからいいものの……! 空気読めこのバカ!」


 そう、ここはコスプレ会場。でも私はメイク担当で、特にコスプレはしていない。普通のカットソーと膝丈スカートという格好だ。それに引き替え新司の服装は、派手なことこのうえない。ギャラクシーヒーローレジェンドの主人公のようで、この会場では全く浮いていない。


「えええ……蘭子ちゃん冷たい……。えっと、金髪は、黒魔術師ソーサラーのマリベルちゃんが、その方が似合うからって染めてくれた!」


「は? 似合わないんだけど。あと、その服装、何?」


「似合わな……、ええっと、服装は聖騎士パラディンのアルビーナちゃんが、一番似合うのを用意してくれた!」


「は? 似合わないんだけど。あと、その手に持ってるもの何?」


「似合うもん! 似合うって言ってよ! これは剣聖ソードマスターのドロテアちゃんが……」


「隠しときなさい、危ないでしょ! ここがコスプレ会場だからいいもの、普通は銃刀法違反でしょっぴかれるんだからね!」


「で、でも、魔物がいたら……」


「いるわけないだろおおお!? あんたの方が魔物だわ、この異物が!」


 声が枯れそうなくらい怒鳴ってやると、新司はしょんぼりと下を向いてしまった。いいからその目立つ大剣をしまえ。どうやってしまうか知らないけど。


「ねえ、あんた五年も音沙汰なしで何やってたの? 異世界ハーレム?」


「えっ、何でわかったの? さすが蘭子ちゃん!」


「だってそういう小説書いてたじゃない。夢いっぱーいとか言って、妄想垂れ流しの」


「もうそ……。男のロマンだよ、女にはわかんないだろうけど」


 新司は、ぷん、とむくれてこちらを見る。相変わらず表情豊かだ。私は新司のそんなところを、子供の頃から気に入っていた。


「その、女にはわからない男の妄想に入っちゃった、と?」


「そう! 僕、入っちゃったんだ! 勇者だから魔王を倒しに行かないといけないんだけどね!」


「で、何で魔王を倒すという使命があるのに戻ってきたわけ?」


「……それは……」


「あのね、私ね、『蘭子ちゃん何でおっぱい大きくならないの?』って聞かれたの忘れてないんだからね。いくらあんたが小学生だったとはいえ、ひどいわ。私は思春期真っ只中JCだったのよ。言っていいことと悪いことがあると思わない?」


「ご、ごめんなさい……」


「で、その男の妄想のおっぱい大きい子ばかりがいる世界に行ったんでしょ?」


「……はい、そうです……」


 ちなみに私が今張っている胸にも、それほど起伏はない。中学生の頃から、起伏なんてあきらめていた。胸絶壁の母親似だから。


「ハーレム築いたんでしょ?」


「……はい……」


「ハーレムの管理ができなくなったんでしょ?」


「……何でわかっちゃうのかな……」


 はぁ、と新司は大きくため息をつく。ため息をつきたいのはこちらだというのに。


「せっかく勉強見てやって入れた高校にも、二年しか通ってなくて」


「だ、だって、仕方ないんだ、ある日突然……」


「……で、また突然帰ってきた、と」


「うん! 蘭子ちゃんに会いたかったから!」


「会いたかった理由は?」


「……理由、は……、女の子の気持ちを……わかりたくて……蘭子ちゃんに相談しようと……」


 新司はうつむき気味に目を泳がせる。気が弱いところもあるけど優しいヤツで、私にはよく甘えてきていた。かわいかった。おばさんが仕事で遅くなる日なんかに食事の用意をしてやったこともあった。唐揚げが得意料理になったのは新司のおかげだ。でも、私はもう二十四歳。大人になってしまった。


「あんたさ、いつまで高校生気分でいる気? 全員が巨乳なのか知らないけど、あんたおっぱいしか見てないんじゃないの?」


「そ、そんな、こと」


「そんなことあるでしょ。あんただって、外見しか見てもらえなかったら嫌じゃない? 私は嫌だな、そんな男」


「……うっ……」


「あとさ、あんたも大人になりなよ。ちゃんといい男になれってことだからね? 成長のない男なんて、女からしたらただのガキでしかないんだよ」


 コスプレ会場には、新司よりもっと派手なコスチュームを身に付けた人がいる。ものすごく凝っていて、髪の色はもちろん目の色もカラーコンタクトで変えていたり、キャラクターの体型に合わせてダイエットしたり鍛えたりしている人ばかりだ。新司なんて目立つわけがない。大剣以外は。


「……わ、わかった。蘭子ちゃんがそう言うなら……」


「あれ? 蘭子の友達?」


「あっ、玲司れいじ! もう撮影終わったの?」


 新司が地面を焼き切りそうなくらい足元を睨んでいると、玲司が戻ってきた。Hermes the Alchemistというアニメ作品の、国軍の東方司令部に所属する大佐というキャラクターの格好をしている。短めの黒髪と白い手袋がトレードマークで、濃紺の軍服がとても素敵なのだ。


「蘭子ちゃん、その人……」


「彼氏よ。カッコいいでしょう? メイクは私が仕上げたんだから」


 といっても、玲司はもともと顔立ちがいいためそれほど手を入れてはいない。せいぜい眉を整えたり、切れ長の目に見せるためにアイラインを入れたりするくらいだ。


「へぇ、きみもけっこうがんばってるね。何の作品のキャラかな? あ、もしかしてギャラクシー……」


「じゃ、僕、帰るね」


「元気でね」


「うん。蘭子ちゃん、ありがとう」


 そんな言葉を残し、新司は足元に現れた金色の穴に吸い込まれていった。玲司がびっくりしているからあとで説明しないといけないなと、私は少しだけ憂鬱な気分になる。


「……すごい人だったね」


「幼馴染だったの。子供の頃、仲が良かったのよ」


「そっか」


 玲司はそれきり何も言わなくなった。私の表情が寂しげに見えたわけではないだろうけど、何かを察したのかもしれない。


「……ね、玲司、これ終わったら飲みに行かない?」


「飲みに? 珍しいな」


「唐揚げ、頼むんだ」


「いいね。まあ、蘭子の唐揚げには負けるだろうけど」


 ほんの少しだけ潤んだ私の目を見ようとせず、玲司は軽やかにそう言ってのけた。

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