Googleマップの祠

飯田太朗

Googleマップの祠

 私がそれを見つけたのは真夏のある日のことでした。

 私は自分で旅行に行った土地をもう一度Googleマップのストリートビューで眺めるのが趣味なのですが、その日は自分が二ヶ月前に訪れた茨城県のとある旅館の周りをストリートビューで眺めていました。

 周りを山や森に囲まれた、かなり寂れた場所にある旅館でした。夜になると牛蛙の大合唱しか聞こえないような、まさしく「無がある」というような環境でした。なので特段ストリートビューで見るものなどなかったのですが、私が行った時は見つけられなかった、きじと思しき野鳥の姿が画像に収まっていたので、ははぁ、こんな自然溢れる場所だったんだなぁ、と、変な納得をしながら画面を眺めていました。

 私が泊まった日はキンキの塩釜焼きが夕飯に出たのですが、その皿は近所の漁場で獲れた魚を日替わりで出しているものだそうです。そんな夕飯で出てきたキンキが獲られたのであろう、旅館近くの魚市場もストリートビューで探して眺めました。何でもこの辺りで美味しいキンキが獲れるのはこの時期だけだと、旅館の女将さんが笑いながら話しておりました。

 その旅館は一人旅のお客には一人用の露天風呂が貸し出されるのですが、ストリートビューではその露天風呂から見える沢を別アングルから眺めることもできました。ストリートビューの撮影車もかなり入り組んだところまで入っていたらしく、本当に地元の人しか知らなさそうな視点から沢を覗き見ることができました。旅行の思い出も奥行きが生まれるというか、より味わい深いものになりました。

 それを見つけたのは本当に偶然というか、ただ何の意図もなく旅館の周りをぐいぐい動いていた時のことでした。

「山の祠」そう書かれたピンを見つけたのです。

 Googleマップを眺めたことがある人なら分かると思いますが、それこそ旅館のような施設や、飲食店などがまとまっているビル、何かしらの事務所や公共施設などといったものにはピンが留まっていて、そこにレビューを書いたりその場所をお気に入り登録したりできるようになっています。その「山の祠」にもそうしたピンが留まっていて、お気に入り登録やレビューを書けるようになっていました。

 本当に、ただの好奇心だったのですが……「お、こんなところにこんなものが」という感心からだったのですが、私はそのピンをタップして「山の祠」というものの情報を見てしまいました。星は五つ。

 五つ? とかなりびっくりしました。「山の祠」です。都心にあるお洒落な飲食店でもなければ、それこそすぐそこにある旅館でもなく、ただの「山の祠」。祠です。言い方は悪いですが「これに星五つ?」と疑問符が浮かんでしまいました。

 Googleマップで星評価が入っているものはレビューを見ることができます。この「山の祠」にはどういうわけか、誰かが書いたレビューが一件、ありました。私はそのレビュー欄をタップして中身を見てみました。そこにはこうありました。


「ずっと見てました」


 少し、ぞくりとしました。

 別段、怖いことが書かれていたというわけではないのですが……何なら私の私生活にはかすりもしないコメントだったのですが、妙なものを見た恐怖というか、こんな寂れた、何も見るものがなさそうなら祠を「ずっと見ていた」といちいち報告するちぐはぐさに、薄寒い感じを覚えました。そのコメント主が星五評価を投げていたみたいで、私はすぐにそのページを閉じました。何となく嫌な気持ちというか、先ほども話した通り私はこの近くの宿に泊まっていたので、思い出を汚されたような、そんな気持ちになったのです。

 時間は流れます。

 私は飲食店でアルバイトをしているのですが、たまたまある日の休憩時間、例によってGoogleマップを眺めていると、後輩のAさんが……金髪のおさげが可愛らしい後輩のAさんが、私に話しかけてきました。

「先輩、何見てるんですかぁ?」

 この子は妙に私に懐いているというか、私を見るやいつも妹のように甘えてくる、そんな可愛い後輩でした。休み時間もよく話しかけてきます。私は何の考えもなく「Googleマップを見てる」とだけ答えました。すると彼女は「何でですかぁ」と訊いてきたので、私は素直に「自分が旅行で行った場所をもう一度眺めて思い出に浸っている」と返しました。Aさんは素敵ですねぇ、と私のそばに寄ってきて私のスマホを覗き込みました。

「へぇー、色んなところに行ってる」

 この時私はマップを引きで見ていたので、日本列島の広範囲が、特に関東の東側から東北の一部にかけてが大きく映されていました。私は訪れたことがある場所にはお気に入り登録をしていたので、私が旅行で行ったことのある場所がすぐに分かるようになっていました。

 ふと、私はこの間の経験を話してみたくなりました。茨城の旅館のそばにあった祠にピンがあり、そこに不思議な文言が書かれていたことを、面白おかしく話してみたくなりました。私も男です。女の子が私の言動にリアクションをしているのを見るのは何だかくすぐったくも嬉しくなります。

 そうして私が「山の祠」について事細かに語ると、Aさんは徐々に表情を引き攣らせ、そして、何やら言いづらそうにして私から目線を逸らしました。私は「どうかした?」と訊ねました。するとAさんは覚悟を決めたように両手を合わせました。

「それ、私です!」

 私はAさんの方をポカンと見つめました。

「友達とそこに旅行で出かけて、たまたま近くの祠にピンが留まっていることに気づいて」

 Aさんは申し訳なさそうに続けます。

「ほんのちょっといたずらをしてみようということになって、何の変哲もないところに星を五個入れてみようって。ついでにレビューを書き込んだんです。文言は不気味な方がいいよね、最近ネットで流行ってるような、ってあんな感じに」

 これを聞いた私はなぁんだというか、手品の種明かしを見せてもらったような気持ちになりました。日常に溢れる不思議なことも、意外と単純な理屈がつくものなのかもなぁと納得したものです。

「にしてもこんな寂れた旅館よく行ったね」

「友達が見つけてきて」

 それから彼女は続けました。

「キンキの塩釜焼き、美味しかったんですよー。あと露天風呂から沢が見えて、景色も綺麗で」

 うんうん、と私は頷きました。いい旅館だったよね、そんなお互いがお互いの思い出話に花を咲かせてその日のバイトは終わりました。

 異変に気づいたのは、家に帰ってからのことです。

 私はふとあの「山の祠」を検索エンジンにかけてみることにしました。Googleマップの片隅にあったような小さな祠なんて、検索しても分からないかと思いましたが、私が行った旅館名と「祠」で検索すると意外にもあっさり出ました。そこにはこうありました。


「式神の祠」


 この式神、がよく分からなかったのでまた検索したのですが、何でも晴明せいめい神社という神社のページによれば、式神とは雑用や儀式の手助けなどをしてくれる神様のようです。

 あんな山の中にあった祠にそんな神様が、と思っていると、その晴明神社のページの下に、式神の絵と具体的な使用例が書かれていました。そこにはこうありました。


「あなたのそばにいます」

「大切な人を見届けます」


 私の中である考えが生まれました。それは異変でした。


 ――キンキの塩釜焼きが美味しかった。

 ――お風呂から沢が見えた。


 Aさんは友達と行った、と言っていました。


 ……まさか、ね。


 了

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Googleマップの祠 飯田太朗 @taroIda

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