こんばんは。すっごい眠い飯田です。周期的なものなんですよね。毎年夏が終わって秋、そして冬に向かうにつれて鬱傾向が強くなります。そうでなくても過眠症とか患ってるし。
掲題、無事完結いたしましたー! 作品はこちら。
『コナサセ唄いて童泣く』
https://kakuyomu.jp/works/16818093076913018634横溝正史ミステリ&ホラー大賞に応募しております。
横溝正史なら……! ということで、中学高校とドはまりした金田一耕助シリーズを再読。やはりビリビリミステリーのパワーを感じるのは『獄門島』ですねー。これは名作。
そんなわけで、僕が昔横溝正史作品に感じたあれやこれやを詰め込んだ作品になりました。
そもそもの発端は「西洋館に座敷童が出たらなかなか不気味じゃないだろうか?」という思い付きからでした。少し前に『不村家奇譚』という小説を読んでおりまして、「間引き」や「障害児を産まれてすぐ殺す」行為に対してアンテナが高くなっておりました。
以前『遠野物語』を読んだ時に「そういえば座敷童は遠野が発祥だったか」などと思い色々調べていたところ、座敷童のルーツにうすごろという暗い風習があったことを知りました。もしかしたら、座敷童は「あの時間引いてしまった子供が生きていたら、幸せになってほしいなぁ」の「幸せになってほしい」が強く出て「幸運の象徴」のようになったんじゃないかなと、そんなことを考えました。
さて、そんなぼんやりとしたアイディアが『不村家奇譚』で一気に暗黒のオーラを纏いまして、産まれたのがこの作品です(敢えて『産まれた』にしてみました)。
なんでも、僕は出産時すごくあっさりと産まれたらしく、母は「これなら何人でも産めるわ」などと思ったそうですが、僕もこの『コナサセ』に対しては「あっさり産まれてくれたなぁ」という印象で、そういう意味ではとても「僕らしい」作品になったのかなと思います。
あっさり産まれた反面、僕は体が小さくて弱い子だったそうです。この『コナサセ』もミステリーとしては比較的マイルド、謎の難易度自体は低めでした。以前もノートで触れましたが、「☆五つ中なら二か三」なんです。
ただ、僕の持論として「解けないミステリーよりも解けるミステリーの方が面白い」というのがあるんですよね。何が何だか分からんうちに種明かし、はぁすごい、よりも「これってこういうことじゃ……?」という仮説を立てたり「この人のこの発言ってどういう意味……?」と頭を捻ったりした方が断然推理小説としての鮮度が高くなるというか、物語への没入感が違う気がします。
僕に☆五の難易度が書けるのかという問題はまぁ、置いておいて……(笑)。
そんな意味で、僕にとっての理想に近い作品が書けたのではないかなと思います。飯田先生、お疲れ様でした。とても楽しい創作だった。
さてさて、そうこうしているうちに次の物語が始まります。
前のノートでも書いていますが、いくつか仕掛中の小説がございまして、その中の一つが記念すべき第十回、カクヨムコンテストへの応募作となります。
舞台は湘南。「日本一の体育祭」に情熱をかける高校生たちと、彼らを取り囲む醜聞《ゴシップ》との対決の物語です。
画像は今年の年始に初日の出を見た時に撮影しました「湘南から見える富士山」です。御年賀の挨拶にも使わせていただきました。
早いものでもう九月、残り四カ月で今年も終わりです。
秋ですね。美味しいものを食べて、程よく運動をしてそして、小説を楽しみましょう!