戯曲『推敲遊戯』 ~月下の門、推《お》して通るか敲《たた》いて通るか(に関するボケとツッコミ)~

木下望太郎

戯曲『推敲遊戯』 ~月下の門、推《お》して通るか敲《たた》いて通るか(に関するボケとツッコミ)~


(ある夜、月の下を僧が一人歩んでいた)

(彼は立ち止まる。はるばる訪ねてきた旧友の家、閉ざされたその門の前で)


「やぁ、ようやく着きました……あの方と会うのも久しぶりですね、どれ――」


(僧はす、月下の門を)

(しかし中からかんぬきがかかっているのか、びくともしない)


「おかしいな……私が来ることは連絡していたはずですが。まあ、鍵をかけないのも不用心ですしね。どれ――」


(僧はたたく、月下の門を)

(コンコン、と)

(だが、中からの応答はなかった)


「聞こえなかったかな……おうい、私です、着きましたよー」


(僧はたたく、月下の門を何度も)

(コンコン)

(トントン)

(ドンドン)

(カンカン)

(キンキン)

(ガンガン)

(わっほいわっほい)


「最後おかしかったな音!?」

「な……何ですかこの門? たたく箇所によって音が違うのか……? どれ」


(僧はまたたたく、月下の門を)

(コンコン)

(キンキン)

(カンカン)

(バン)

(ダン)

(ドン)

(ド)

(レ)

(ミ)


「お、ここはきれいに音階になってるようですね……こうか」


(僧はたたく、少しずつ位置をずらしながら)

(ド)

(レ)

(ミ)

(ファ)

(ソ)

(ラ)

(シ)

(ド)

(ド)

(シ)

(ラ)

(ソ)

(ファ)

(ミ)

(レ)

(マッスルマッスル)


「やっぱりおかしいなこの門!?」

「というか……明らかに普通の音じゃないんですが。誰か喋ってませんかこれ……おーい、誰ですかー」


(僧はたたく)

(キン)

(ドン)

(ゴン)

(ト)

(チャン)

(グン)

(タン)


「誰だよ! キン・ドンゴンとチャン・グンタンって誰だよ!? 聞いたことあるようで聞いたことありませんよ!」


(そのとき)

(門の向こうから声が上がった)

「何だ何だ、やかましいと思ったが。お前か、もう着いたんだな」


(旧友がかんぬきを外し、中から門を開けていた)

「やぁ久しぶり、よく来てくれた」


「お久しぶりです、お元気そうで何より……いやそれよりですね、何なんですかこの門」


「門? 門がどうしたんだ?」


「どうもこうもありませんよ、たたくと変な音するんですよこれ!」


「何?」

(友はたたく、月下の門を)

(……)

(しかし何の音もせず、月下にはただ静寂)


「おかしなことを言う奴だ。音なんかせんじゃないか」


「あれ? おかしいですね……さっきは確かに、色んな音が」


「長旅で疲れたんだろう、さあ入れ入れ。一休みして、積もる話をしようじゃないか」


(友に促され、門をくぐる僧)

(もう一度たたく、月下の門を)

(……)

(さらに一度強くたたく、月下の門を)

(…………)

(しかし何の音もせず、月下にはただ静寂)


「……いや、いや。おかしいですよねこれ、全く音がしないのも!? この門、何なんですかこの門!?」


「おかしなことを言う奴だ、そんなことより積もる話をしようじゃないか。この門のこと以外の。――絶対に、この門のこと以外の」


「いや、これ、本当に何なんですかこれーーっっ!!?」


(家へ入っていく二人の後ろで)

(ひとりでに門が閉まっていく)

(ォイ~ッス!)

(と、音を立てて)




 ――今は昔、唐の時代。詩人・賈島かとうが詩文の内に「僧はす、月下の門を」という一文を作った。

 が、「僧はたたく、月下の門を」と改めるべきか迷い、詩人・韓愈かんゆに相談した。

 韓愈かんゆは「月下に門をたたく、そちらの方が音の風情を感じられる」と答えた。それでようやく賈島かとうは「たたく」の語句に決めた。

 一字一句に気を配り文章を練り直す「推敲すいこう」という言葉は、そこに由来すると伝えられている――。



(おしまい)

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