眩暈

判家悠久

dizziness.

 ここ2ヶ月で、ネット住民が好きそうな事件が起こった。関連性は無いが怨嗟動画殺人事件とまとめられている。多摩市・柏市・相模原市・浦和市・鹿沼市・松戸市の首都圏6市で、類似性が感じられるの推察が頻繁だ。

 犯人はギークであるものの、一般的な市民で犯罪歴は無い。ただ、動画を見て酷い憤りを覚えて、つい殺害してしまったと。

 主幹となった警視庁の発表では、被害者のプライバシーがあるので動画は見せられないが、何れも違う動画らしい。毎度の空梅雨で頭がオーバーヒートしたそんなものかの扱いで、インターネットは健全に使いましょうと、よく分からない啓蒙で締め括られる。


 ただ俺一瀬安慈は、ネットのフリールポライターの若手筆頭であることから、組織犯罪対策部の丹波叡部長から、リークのおこぼれを良く貰う。意図的にネットの反応も探ろうの思惑だ。そして今回もの示唆。


「一瀬君さ、不思議な事件だろう。繋がりの無い県警管轄の筈なのに、主幹が警視庁にあるなんて。そう、実はあるんだよ。犯人は、飲料自販機で何か大量に買い込んでおかしくなってるんだよ。あまりに知らないペットボトルで、どこのメーカーなんだよで聴取したら、自販機のベンダーはVASCASと言うらしい。で、一応現場に見に行ったらない。それじゃあ営業許可証は、出てないんだ、これが。大半は地主不明の空き家の私有地に置かれて、何か体良く逃れているよ」

「今時の自販機って、価格がスーパーの2倍じゃ無いですか、何で大量に買うんですか」

「あれだよ。今時はAI自動販売機で、景品が良いらしい。そこからは、何故か口を割ってくれないがな」

「AIとつく以上、何かしらのファイルですか」

「さあな。外事課も動いているらしいから、あれこれ、内部者でもオフレコになってる。ただな、その事件前の車載搭載カメラからサンプリング出来たから、一瀬君だけだぞ。画像はこれな」


 丹波叡部長の差し出したスマホには、黒く割と大柄な自販機が写っている。そして上の方には、カリグラフィーで確かにVASCASと書かれている。まあ、見つけたら連絡頼むと、その場は別れた。その時は、こんな自動販売機に出会える筈は無いと思っていた。


 ◇


 東北の夏祭りの取材を終えて、吉祥寺に帰って来た。各県団体から指名ライターの誉れを貰うも、官庁の仕事の多い団体ではそこ迄良いギャランティでは無い。ただ、撮影の撮れ高はあるので、ネットニュースへの二次許諾が来るので、そこで稼がせては貰ってる。


 さあ、ここからが記事に動画の編集で、大きな山が来る。帰京早速今日からも、まあ深夜なら、インフレに従順なコンビニで買い込みするしかない。歩きながらスマホの電子マネーを一通り確認すると、あれと不思議な光源の前で立ち止まる。

 そこは、確かに老朽化しすぎたアパートで、いつかマンションが建つとは思っていたのに、ずっとそのままだ。

 その入り口に、激しくカリグラフィーで書かれた”VASCAS”の看板が浮かぶ。あの謎の黒い自動販売機のVASCASが、まさか、ここにある。

 俺は食いつき、へえだ。商品はどこのメーカーでも売ってないペットボトル飲料で、これは珍しくて買うかになる。試しに河内ピーチを買おうか。支払いは、どうやら電子決済のクレジットだけらしい。客を選ぶのか。

 そして、決済台にスマホをタッチすると、タッチプレイディスプレイに初期会員登録を求めるメッセージが流れる。

 何だと思いながら、まあ取材がてら英語の定款を読む。難しく書いているが、要は自己責任だし、知り得た情報は当社でも活用します。当事者間の守秘義務は絶対、破ったら温和にぶっ殺すぞと痛快に添える。

 怪しいなと思いつつ、まあ仕事用のダミースマホ使えば良いかで、敢えてフルネームの一瀬安慈で登録した。この手は、後で本名求められたら、手続きが面倒くさいしな。

 そこから、押し並べて単価180円の河内ピーチのボタンを押すと、ドンと下の取り出し口に落ちた。普通の自動販売機か。

 ただ、VASCASの中央ディスプレイに、66コマのルーレットが回る。00番が大当たりになるらしい。スライド英語で、あなたの欲しいAI動画が当たります、アタックチャレンジ!と。動画、そう言えば怨嗟動画殺人事件は、動画が原因になっている。何が当たりなんだ。

 いや待てよ。当たったら、恐らくその動画で殺意が湧いて殺すんだったな。ないな、俺に限っては。

 こうして、俺は当たりが出る迄、ペットボトルを買い続けるが一向に出ない。ふむ、当たらないのに何故事件になるだ。


 ◇


 VASCASに出会ってから5日目。俺は、深夜にペットボトルを買い続けた。どうしても、大当たりのAI動画が気になる。

 成果としては、VASCASが在庫切れになる迄の500本を買い尽くす。1日9万円、5日で45万円も投下している。

 流石に諦める決心になる筈だが、歩いてそこなので、買い込んだペットボトルはマンションに持ち帰って、さあ続けようかの途方も無い900回迄の延長戦になる。

 ここ迄当たらないと懸賞法が如何になるが、VASCASの連絡先はメールしかない。勿論丁寧な苦情のメールを送るが、音沙汰は無い。一体いつ真実に辿り着くのだろう。

 ここでマンションのチャイムが鳴る。恋人の羽村泰子だ。泰子は看護師だが、夜勤、昼勤の合間を見て、今マンションに通って貰って、家事の手伝いをして貰っている。

 東北の夏祭りの記事と動画のアップもしないといけないし、VASCASの真実もスッパ抜かないと行けない、記者魂に燃えている俺に、時間は絶対無い。

 泰子は、夕食の準備しながら問いかける。


「あのね、言っていい、一瀬君。馬鹿じゃない。何でこんなにペットボトルあるのよ」

「事件を追ってるんだよ。そこ、ご自由に持って返って、職場の方の差し入れにでもして」

「そう来るかな。でもそれだったら、昼間に買いなさいよ」

「それが駄目なんだよ。昼間に太陽電池で充電して、深夜0時から日の出迄の開店。究極のエコシステムだよ。ユーロでもあるかどうかの理不尽さ。まあ睡眠時間3時間は取れてるし、あともうちょいの筈なんだよ」

「その当たりって、本当にあるの」


 当たりがあるから、殺人事件があるとは守秘義務で言えない。


 ◇


 その日の深夜、いつもの様にVASCASに挑む。実は今日こそは勝算がある。若手ルポライターの情報源である、モンゴルにあるらしい暗号サイト:pavlovでVASCASの攻略法を、仮想通貨桜桃5万元分で買った。外れ続けるよりは、安いものだった。

 暗号サイトでも検索出来るなら、誰かが辿り着ける筈だが、残念ながらVASCASの単語では出てこない。30位単語を繰り出し、そして捻りに捻って、その空き家アパートの、JPの吉祥寺の住所で検索したら、情報が出て来た。勿論俺は歓喜した。


 そして今、スマホを決済台に乗せる。連続購入のディスプレイタッチし、レモンミルク2本・苦烏龍茶1本・濃縮チェリー3本・抹茶ココア5本と、タッチボタンを、pavlovの指南書通りに正確に押した。そして購入ボタンを2回タッチ。

 ドサドサとペットボトルが落ちる中、ディスプレイのルーレットが回る回る。カチカチとルーレットボールがコマ1個1個順繰りに落ちて行き、次が00番、来るー、と思ったが、まだ転がり続ける。結局ガセかよ。俺はドンと、VASCAS自販機に十文字キックをする。


 カチカチ、ルーレットボールが来た道を帰る。


 えっつ。そして逆回りをする中、00番へと向かっている。まさか。そして電子音にして豪快なマイスタージンガーが重厚に流れる。当たった…。相変わらず凄いなpavlov。


 そして背後から、拍手が鳴る。黒い大きな業務用ワゴン車から近づいてきたのは、長身の中年ハンサム男子だった。白のワイシャツに黒パンツ、首から下げたIDはVASCASのFujisaki。日本人か。そして、熱烈なハグをされる。


「いやー、実にめでたい。商いはしているんですが、実際に当たるのを見たのは初めてなんですよ。どこの開発部も勿体つけるものですね」

「Fujisakiさん、当たりましたけど、何が貰えるのですか」

「ここからはウィナーの権利です。どうかディスプレイでお選び下さい」


 ルーレットのあった場所には、英語で表示される。あなたが欲しがるAI動画のプレシャス。テーマソング、恋人探し、恐怖、リゾート、私小説のタイトルが並ぶ。

 まあ迷ったが、まだ盛夏だし、都市伝説記事もストックしておきたいしで、恐怖の一択だろう。約150万円投下したなら、どうにか回収出来ますにと、心弾ませて”恐怖”ボタンをタッチした。


 AI動画生成中の進捗バー表示が出る中、Fujisakiさんが捲し立てる。大体は恋人探しらしく、いるんですよね、恐怖を選ぶウィナーさん。ハイリスクハイリターンですけど、胸が躍ります。おめでとうございますと、何度も力強く握手される。

 そして、生成完了の表示がされると、決済台にスマホを置くように促される。スマホを置くと、都合20秒で動画フォルダに、恐怖映像らしきものが収納されたらしい。何だろうとタッチして行く。

 未開示の動画は、”harris_08_14_2034.mov”。タイトルは今日の日付なので、愉快詐欺ではなさそうだ。そして開く。再生ボタンを押すと、看護師の姿が現れる。


「痛いですよね。辛いですよね。もう、我慢しなくていんですよ」

「もう入院費がない。身寄りはいないのですね。でも安心して下さい」

「死にたい。本当に思い残す事がなければ、一緒に考えましょう」


 何だこれは。定点カメラのダイジェストで現れる看護師の姿は、恋人の羽村泰子だった。初めの定款の個人情報の取得とは、ここ迄情報を拾い上げるものなのだろうか。

 そして後半に入る。これは恐らく、泰子の勤めている中野区の私立病院だろう。個室の点滴に、泰子が何かの注射を差し込む。そして、ベッドの病人の顔が安らかになって行く。

 そのシーンは都合7回。泰子を深く察した、そして現実なのかの落胆。それはとても言葉が出てこない。


「いや、躊躇がないですね。鮮やかな手際です。つい苦痛だから、静脈麻酔薬を過剰に投与してしまう。止むえない医療事故は、今時溢れてますからね」

「冗談じゃない、安楽死は日本では認められていない。泰子がそんな事するなんて、そうあり得ない。これはAIのフェイク映像ですよね」

「一瀬安慈さん。ご存知と思いますが、世界に悪の組織は3つあります。トリステル、アンガー、MAF。私達はトリステルのものです。あれなのですよ。この世界、何でもかんでも正義が罷り通ってしまって、主張するばかりの連中がのさばって、悪の組織は今や瀕死ですよ。人手不足だから、効率的でローコストな仕事にシフトしないと行けない。課金方式はまあ悪くはないですが、世界に贖う感触がないので、張り合いはどうしたことやら。まあ兼業しないで三食食えるのですから、文句は言えませんね」

「あなた、悪党なんですね」

「それを彼女に言えますか」


 俺は言葉に瀕した。そして背後から声が聞こえた。


「一瀬君、あなたは現代を知らな過ぎるわ。AIのディープラーニングで、遺伝子治療され、病理は解消されるものの、苦痛だけが残り、嘆き、苦しみ、恐怖に苛まれ、死を待つ。本来、早く死ねて苦痛から解放される筈だったのに、無理矢理長生きさせられているのよ。それは正しい生き方なの。違うでしょう」


 世情だ、言い返せない。その言葉以上に身構えさせる何かがある。

 ブスリ、果実に包丁が刺さった感覚で、俺の左腎臓が刺された。痛いが、スット抜かれたので、失血かで何かで眩暈が来た。刺されたが、動脈を巧みに外したのか激痛がない。そう、頑張れる、どうなんだろう、足がもつれてアスファルトに蹲った。ダメって事か。


「申し訳ありません一瀬安慈さん。例の逆上してしまう怨嗟動画殺人事件が相次いだものですから、被写体主にも、このAI動画を誰が閲覧したかの個人名と、位置情報をお送りしています。現代の組織とは、至って公正でなくてはなりませんからね」


 だからって、俺が死ぬ道理は無いだろうも、失血で頭がガンガンしてきた。口が碌に開けない。


「助けて…」

「一瀬安慈さん、もはやそれは叶わないでしょう。トリステルと守秘義務契約を交わしてますよね。一瀬安慈さんはライターさんですから、言われては困りますね。それでも誰にも言わないは通じませんからね。今回の処置、前倒しで極めて妥当ですよ」

「一瀬君が悪いのよ。これ迄、ポリシーもなく何でも記事にするから」

「羽村泰子さん。このまま一瀬安慈さんを放置して良いですが、警視庁もそこまで馬鹿では有りません。足が何れつきましょう。ここはご提示させて頂いたプランはいかがなさいますか」

「ええ、既にメールで仮想通貨桜桃5万元分のエビデンスお送りしました。どうか安らかに埋葬して上げて下さい」

「これは、とても失礼しました。その通知メール来てますね。勿論つつがなく。私達トリステルは依頼者に忠実で有り、臓器の抜き取りなど行いません。今後お困りの際は、何なりとご用命下さい」


 Fujisakさんの右手で、俺の瞼が閉じられた。頭はよりガンガンし、やたら寒い。そして背後から、Fujisakさんに抱き抱えられ、恐らく黒の業務用ワゴン車に放り込まれた。

 100万円ちょっとで遺体処理されるなんて、日本国の生命の取り扱い単価はえらく下がったものだ。そして込み上げる吐き気で咽せる。次をこれやったら、喉が詰まって死ぬだろう。

 そして、車の駆動振動が全身に響き、やむ得ない眠気に落ちていった。

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眩暈 判家悠久 @hanke-yuukyu

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