第2話 魔女と呼ばれた少女

 サクラの木陰で、白が揺れる。太陽の光を反射して小さく光るそれは、少女の髪だった。

「なんでこんなとこに人がいるのよ」

 思わず口を突いて聞こえる自分の声も、なぜかいつもより小さい。そういえば魔女以外を間近で見るのは初めてだ。村の掟で、人と関わることは固く禁じられている。

「……その堅苦しい村の掟が嫌いなのよね」

 私の独り言に反応する様子もなく、白い少女は心地よさそうな寝息を立てている。ただ、その目元は薄く濡れていて……

「何やってんだろ、私」

 いつものように木陰に腰を下ろして、気づけば少女の頭は私の膝の上にあった。変わらず、小さな寝息が聞こえてくる。そっと彼女の白い髪を撫でてみると、柔らかな手触りが癖になりそうだった。なんで自分がこんなことをしているのかはまるで分からないけど、猫を撫でるときと似た気分だ。深い意味はなく、そこにある可愛らしいものを愛でていたいだけ。そう、村の掟を破って人と関わることだって、私にとってはその程度のものだから。

「……そもそも向いてないのよ。長老なんて」

 村をまとめるのなら、ジニアみたいに皆に気を遣える魔女か、アマリリスみたいなカリスマがいい。彼女達なら、どちらがなってもきっと上手く村をまとめるだろう。

「なんで私なのよ」

 一回くらい、ちゃんと話を聞いてみてもいいかと思ったけど、会ってみたらやっぱりダメだった。最初に断ってしまってから、ずっと意味もないプライドが胸の奥で邪魔してる。それなのに何度も懲りずに呼び出すもんだから、私も余計に意固地になった。

「魔法の才能なんていらない」

 こんなことを言ったらアマリリスに怒られるだろうけど、私にとっては本当に必要のない物だから。

「私ももっと普通の魔女だったら――」

「……魔女?」

 眠気の覚めきっていない少女の声が、実際よりも数段大きな声に聞こえた。

「お姉さん、魔女」

 視線を落とすと、白い少女と目が合った。上がりきっていない瞼から、翡翠ひすいの色が覗く。

「……ええ、あなた達が恐れる魔女よ」

 その翡翠を見つめ返すと、少女の口元は静かに動いた。

「ほんとにいたんだ」

 人間の子どもとは思えない程、感情をひとつも帯びていない無機質な声だった。上がりきった瞼からこちらを見つめる二つの翡翠からも、恐れや戸惑いの色は見えない。

「ねぇ、魔女さん」

「何?」

「私を殺してくれませんか」

 人間は私達よりもずっと少ない時間しか生きることができない。だから人間は死を考えないように、意識しないようにと必死に生きていると聞いたことがある。

「嫌よ。あなた達が魔女をどう思っているか知らないけど、私に子どもを殺す趣味なんてないの」

 というか、人間でも魔女でも殺そうと思ったことなんてない。

「そう、なんですか?」

 初めて少女の顔に驚きの色が浮かんだ。

「そうよ! ほんとに魔女を何だと思ってるの?」

「だって、お母さんもお医者さんもみんな、魔女は怖くて悪いって言ってたんです。丘を越えたら魔女の村があって、殺されちゃうって」

 失礼な話だ。私達はずっと人間と関わらずに生きてきた。少なくとも私が生れて数百年の間、あの村の人間と関わった魔女はいない。

「私も魔女だから、お母さん意外と話しちゃダメだったんです。なのに、約束を破ったから」

 何を思い出しているのか、少女の目に涙が滲む。というか。

「あなたはどう見ても人間でしょ」

「え? でも、みんな――」

「他の人間がどう言おうとあなたは魔女じゃないわ。魔女の私が保証してあげる」

 人間のことをよくは知らない。これまで関わったことがなかったから。それでも、この子が悪い人間でないことは分かる。

「まぁ、あなたの言うみんなには、あなたを見る目がなかったのね」

 白く滑らかな髪、宝石のように綺麗な瞳、丁寧な言葉遣い。きっと親には愛されて育ったのだろう。私達は花から生まれて花に還るから親子の概念は無いけれど、村のみんなが育ての親みたいなものだ。

「……私は、悪くない?」

「少なくとも私は、あなたが悪いとこなんて一つもないと思うけどね」

 ふと彼女から目を離すと、日が沈み始めていた。丘の下にある村は夕闇に飲まれつつある。

「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。どいてくれる?」

 自分で乗せておいて申し訳なくはあるが、押しのけて帰るのも気が引ける。

「え? ……あ、ごめんなさい!」

 私の言葉で初めて状況に気づいたらしく、彼女は私の膝から飛び起きた。

「気にしないで」

 私が勝手に乗せてたから、謝られるのもバツが悪い。

「そういえば、あなた帰る家はあるの?」

 私の質問に、彼女は静かに首を振った。

「そ。じゃあ今夜は私の家に泊まりなさい」

「……私が居ても良いんですか?」

 良いかと言われると、村の掟的には良くない。でも元々そんなの気にしてないし。帰る家が無い女の子を放置して帰るのも気分が悪いし。

「ええ。いつも一人で退屈だったから、ちょうどいいわ」

 言いながら差し出した私の手に、彼女は恐る恐る触れる。

「私はリエール。あなたは?」

「……リラ、です」

 白い髪も相まって花を連想する名前を告げる彼女の頭に、サクラが一枚、ふわりと落ちた。

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あなたと生きるための呪い 宵埜白猫 @shironeko98

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