第1話 魔女
「長老がまた呼んでたぞ」
親友の言葉に、私はため息で返す。あの偏屈婆さんが言うことなんて聞かなくても分かってる。
「あの人も諦めが悪いわね……」
私の魔法は村一番だとかなんとか言って、次の長老にしようと説得してくる。もう百年は同じ返事をしてるってのに、一向に諦める気配がない。
「そんだけリエールに期待してるってことだろ」
長老と私の間で伝書鳩のように使われる彼女も疲れた顔でそうこぼした。あの婆さんの説得が始まってからずっと、彼女は私たちの間に入ってくれている。それが不憫で長老の話を受けてしまおうかと思ったこともあったけど、結局今もこのやり取りは続いてる。
「……いつも悪いわね、ジニア」
「私が好きでやってることだから、リエールが気にすることじゃねぇよ」
生まれた時から変わらない、太陽みたいな笑顔を見せる彼女に、私もつられて頬が緩む。
「ありがとね、ジニア。……じゃあ行ってくるわ」
「おう。また飯でも食いに遊びに行くよ」
「はいはい」
こんな軽口を叩けるのも、村の中でジニアしかいない。彼女が居てくれなければ、今頃この村から逃げ出していたところだ。
唯一の親友に感謝の念を抱きながら、私は長老の家へ足を向ける。村の中に立つ家はどれも個性的でカラフルだ。その中でも一際目を引くのが、空色の外壁を貝殻や古びたネックレス、宝石で飾った子どものおもちゃ箱みたいな家。そこが百年通う目的地。私の家は長老の家と一番離れているため、呼び出されるたびに億劫になる。
「あら、リエールじゃない。また長老に呼び出されたの?」
そして、ただでさえ重い気分をさらに沈めるのがこの声だ。いや、声自体は柔らかで誰が聞いても心が安らぐだろうけど、問題なのは私に声をかけたその魔女。
「アマリリス、あなたこそ毎日暇なの?」
村一番の美貌。光を呼ぶ魔法で夜を無くした天才。私以外の魔女に対しては人当たりもいい。本来であれば彼女こそ、長老の器だろう。
「お陰様でね」
そんな彼女が悪態をつくのは、他でもない。私のせいで次期長老になる話が立ち消えたからだ。それでやっかむ気持ちも分からなくはないけれど、正直迷惑でしかない。私だって、生まれたくてこう生まれたわけじゃないんだから。
「そう。……じゃ、私急いでるから」
話を短く切り上げて、私は道を急いだ。
「いつまでそうやって逃げてるつもりなのよ」
背中に投げられた言葉には聞こえないフリをして。
「遅かったじゃないか」
家に入るなり飛んできたのは、そんなしわがれた声だった。声の主は曲がった腰を椅子に沈めてじっと私を見つめている。居心地が悪いったらない。
「そんなこと言うならもう呼ばないでよ」
「お前が長老に成ると言えばそれで済む話なんじゃがな」
何回聞いたか分からないこの言葉に辟易としていると、婆さんの横から小さな赤色がとことこと歩いて来た。
「こら、サイネリア! お前は下がっていろと言っとるじゃろ!」
「リエールさん、母さんが何度も呼び出してごめんなさい」
偏屈な婆さんとは似ても似つかない素直さで長老の娘は頭を下げる。
「でも、私もリエールさんが次の長老に成ってくれたら嬉しいです」
「ごめんね、サイネリア。それだけは無理」
「そんな……」
本気で肩を落とすサイネリアから視線を外して婆さんに向き直る。
「そういうわけだから、今日はもう帰るわね」
「……なぜお前にこだわるか、聞いてはくれんか?」
「……興味ないわ」
長老の家を出てからも、胸の奥がすっきりすることは無い。いつもそうだ。長老になんてなりたくないけど、断り続けるのも、サイネリアのがっかりした顔を見るのも堪える。あの婆さんがジニアを使ってまた呼び出してくるのも変わらないし、その度にアマリリスは突っ掛かってくるし、もういっそ全部投げ出してどっか遠くに行っちゃいたい。
けど、そんなことできっこない。私たち魔女が人間のいる場所に行ったらどうなるか、昔から何度も聞かされてきた。大嫌いな婆さんの言葉でも、それだけは破らないようにしようと思うほど、人間の話をするときの彼女は真剣だった。
だから、せめて村外れにあるサクラの木まで。あそこからなら人の村が見えるけど、人が近寄ってこない。もちろん魔女もわざわざ人の村なんて見たがらないから近づかない。あの場所だけが私の憩いの場所。綺麗な花が、この息苦しい村の空気から、一瞬だけ解放してくれる。
「長老になんて、絶対ならないんだから」
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