三 別人の帰還者
でも、その翌日のこと……。
「──庵野が昨日から家に戻ってないらしい。誰か、庵野の行き先に心当たりのあるやつはいないか?」
朝のホームルームで、神妙な顔をした担任教師がわたし達にそう尋ねました。
その言葉に、俄かにざわざわと教室内は騒がしくなります。
おそらくみんなも頭の中で、先日、庵野くんの口にしていた〝黒づくめの男達〟という言葉を思い浮かべていたに違いありません。
わたしなんか、それらしき人物を実際この目にしているのですからなおさらです。
でも、口封じのために黒づくめの男達に連れさられたなんて話、あまりにも現実離れしすぎていて、やっぱり俄かには信じられません。
わたしも含め、全員、半信半疑だったのでしょう。誰もその話を先生に申し出る人はいませんでした。
むしろ妄想がすぎて、いよいよ頭がおかしくなってどこかへ行ってしまった…と考える者の方が多かったように思います。
それから三日……庵野くんの行方はようとして知れず、捜索願いを受けた警察も、いよいよ公開捜査に踏み切ろうとしていたその矢先、唐突に庵野くんはふらっと家に帰ってきました。
本人の供述によれば、「いろいろ思うところがあって、ちょっと自分探しの旅に出ていた…」という、まあ、この年頃にならありがちな理由でしたが、庵野くんをよく知るわたし達としては、そんなことするような子にも思えませんでしたし、どうにもしっくりとこない、違和感の残る結末でした。
それに、この事件以来、すっかり庵野くんの言動が変わってしまったのです。
「──イルミナティ? フン…中学にもなってまだそんなこと言ってるの? 一握りの秘密結社が世界を牛耳ってるなんて、そんなことあるわけないじゃないか。もっと世界は複雑で多様性に満ちているものだよ」
そこそこにオカルト好きなクラスメイトがそんなネタを振ってみても、そういった感じに全否定して鼻で笑い返します。
戻ってきた庵野くんはまったく陰謀論を信じなくなっていたのです。
「陰謀論なんて信じてるやつはただの物知らずだね。若さゆえの過ち……いわゆる中二病ってやつ?」
加えてそう言い放つ庵野くんは、まるで人が変わってしまったみたいでした。
クラスメイト達は「自分探しの旅をして、やっと自分の愚かさに気づいたのかな?」とか、「いや、家出してる最中に事故にでもあって頭打ったんじゃない?」と言い合っていましたが、それにしてもずいぶんな変わり様です。
それからまた数日が経ち、なんだかすっきりしないまま、どこか悶々としたものを抱いてすごしていたある日のこと。
「……あ、庵野くんだ」
掃除当番でゴミ捨てに行ったわたしは、校舎の裏にある集積場の近くで庵野くんをまた見かけましま。
でも、なんだか様子が変です。他には誰もいない校舎裏に一人きりで立ち、顔を上げると呆然と空を見つめています。
いや、そればかりかなんだかボソボソと、独り言を呟いているようにも聞こえます。
わたしの方から見ると背を向けた形になっていて、こちらにはまったく気づいていないみたいなので、思わずわたしは物陰に隠れると、こっそり覗き見をしてしまいました。
「……はい。思想誘導をするように努めております……今のところ、闇の政府の存在を信じているものはおりません……」
耳をそばだててみれば、庵野くんは天に向かってそんなことを呟いています……まるで、上空にいる見えない何者かと言葉を交わしているかのように。
と、その時。
「……! 誰だ!? そこにいるのは!?」
呆然とわたしが覗っていると、不意に庵野くんがこちらを振り返り、いつになく険しい声でそう詰問してきました。
瞬間、びっくりしたわたしは慌ててその場から全速力で逃げ出しました。チラっとは後姿を見られたかもしれませんが、たぶん誰かまではわからなかったと思います。
その日以降、内心、ビクビクしながら学校に通っていましたが、やはり気づかれてはいないらしく、庵野くんのわたしに対する態度もそれまでと変わりませんでした……というか、ほぼ絡むこともなかったんですけど。
ただ、それからしばらくの間、なんだか誰かにつけられているような気配を感じたり、ふと空を見上げてみると、よくテレビの投稿動画で観たりするような、星でも衛星でも飛行機でもない、あえて推測すればUFOらしき光を頻繁に目撃することが続いたりなんかはしたんですが……。
とはいえ、わたしの家に黒づくめの男達が訪ねてくるようなことも、また、庵野くんとクラスメイト以上に深い関係になるようなこともなく、中学を卒業すると別々の高校に進学し、まったく彼と顔を合わせることもなくなりました。
なので、その後、彼がどうなったのかをわたしは知りません。
ただ、先日、もう何年ぶりかで同級会をやった時、庵野くんにだけ連絡がつかないと幹事の子が言っていました。
(陰謀論少年 了)
陰謀論少年 平中なごん @HiranakaNagon
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