夜、ロードバイクで帰宅していた香澄は、自分と同じくロード乗りの女性を見かける。知り合った二人はその日から夜のライドを共にし、心を通わせていく。
まずすごいのがロードバイクに関する描写です。ギアの操作やそれに対応した姿勢や動作、加速といった細かな部分まで描かれていて、それは単に「詳しい」というだけではなく、臨場感がありました。ペダルを踏み込む筋肉、吹き出る汗、肌で感じる疾走感等を擬似体験できたように思います。
また、ライドの様子だけでも二人がロード好きだということはわかるのですが、私はバイクの性能について語るシーンでよりそのことを感じました。
二人が時間や気持ちを共有していく過程には、とても感情移入できました。だからこそ、終盤の二人が目にする光景ひとつひとつがより美しく、流れる時間が愛おしく、泣きそうで、狂おしくて、確かな光を感じることができました。
二人はこれからもさらに加速していって、夏の昼間よりも強くキラキラ輝くのだと思います。
言葉では説明しきれない、物語という形だからこそ体験できる数々の感覚がここにはあります。
読後感も素敵でした!
夜明けまでの制限時間。病態生理の一環が裏付ける【夜】であることの必然性。
吸血鬼というメタファーを物語に上手く融合させ、時間切迫という緊張感から瞳が離れられない。
限られたその時間の中で紡がれる方向性に、私たちは新たな物語の可能性を知ることになるのではないだろうか。
心拍からめぐる血流をrpmとしてアドレナリンの奔流を感じるような臨場感に魅せられる。
また、ライドの疾走感の心地よさに高鳴る心理描写として醸す百合要素も見事にマッチしていて、センスの高さを感じざるを得ない。
感性あふれる名セリフの存在感も、控え目の自然体でありながら、読み手の胸に深く刻み込まれていく。この必然性に私は、作者様の大きな可能性に礼賛として賛辞を送りたい。
配慮が行き届いているのか、夏でありながら暑さを感じさせない涼風感たらしめる作風。
ひと夏のかけがえのない貴重な読書体験をぜひ、この機会に体感してみてください。