第46話

 アメリア帝国の首都のあちらこちらでサイレンが鳴り、ライトの光が点滅した。

 ――ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト――

 小さな光はそんな風に点滅していた。

「SOS……かしら?」

 モールス信号をどうして知っているのか分からない。封じられた記憶の奥底から滲み出してきたようだ。

「ヴヒ」

「トルガルもSOSを知っているの?」

「ブヒ」

 異世界だから何でもありなのだ。……考えることは止めた。

 ――ドォドォーン――

 再び赤い火柱が立つ。

「あの火柱が上がった場所へ向かって」

「ブヒ」

 ジルを乗せたトルガルは近衛兵たちを追い越した。

 それは町はずれにあった。高い塀に囲まれたその空間も、一つの町に見えた。

 塀の内側には樹木が薄っぺらな森を作っていて、無機質な塀を隠している。森に囲まれた広い空間にショッピングモールのような大きな建物や劇場のような建物が黒い影を作っていて、それらを取り囲むように、二階建ての宿舎のような建物がたくさん並んでいた。それらの小さな窓のほとんどには、明かりがともっている。

 塀の中に入る門はたった二つ。どちらも城門のような厚く大きな木製の扉にふさがれていたようだけれど、その一つが吹き飛んでいて、扉は黒く焼け焦げている。その門の前に数十人の兵隊や警備員が立って、人の出入りを封鎖していた。中に入ってクライヴを捕えようとしないのは、彼を恐れてのことに違いない。

「クライヴの仕業ね」

 ジルは門を遠巻きにする獣人たちを見下ろした。

「ブヒ」

「すると、クライヴは塀の中……」

「ブヒ」

「分かるのね?」

「ブヒ、ヴヒヴ―ヒヴヴィヴ(うん、クライヴを感じる)」

トルガルは、すでに塀を飛び越え、樹木の上を飛んでいた。

「トルガル、あなた、正真正銘の天使よ」

「ブヒ」

 仔ブタは明かりのついた建物と劇場のような建物の間の暗闇に向かって真っすぐ降下していく。

「ヴヴィヴ(クライヴ)」

 トルガルは着地する直前に呼んだ。

「クライヴ、いるの?」

「トルガルか、ジルも」

 暗闇からクライヴの声がした。忍者の末裔はすっかり闇に溶け込んでいて、ジルの眼には居所が分からない。

 トルガルが着地。自然、ジルは自分の足で立った。その目の前に、闇の中からクライヴが現れた。

「派手にやってくれちゃったね」

「まあな。俺の魔法があれば、獣人なんて子供みたいなものさ」

「何を言っているのよ。ボクの作戦がめちゃくちゃになっちゃったんだよ。もうすぐマメさんと会えるところだったのに。それにこの世界の人間とも接触できた。クライヴは元の世界に戻りたいのでしょ?」

 ジルが不満をぶつけると、クライヴが口を尖らせた。

「仕方ないじゃないか。我慢できなかったんだ」

「食べ物なら木箱の中に入れておいたじゃない」

「食い物じゃない。トイレだ」

 エッ!……それを考えていなかったことにジルは初めて気づいた。確かに、我慢には限界があるだろう。

「トイレぐらい、魔法で我慢すればいいじゃない」

 無茶を言っているのは分かる。しかし、そんな魔法があってもおかしくないと、自分をも言いくるめた。

「できるわけ、ないだろう。うんこだぞ!」

 クライヴは真剣に怒っていた。

「まあ、いいわ。飛び出してきたものは仕方がない」

「なんだよ。ずいぶん、上から目線だな」

「……で、マメさんのいる建物は分かったの? 急がないと彼女、ジベレリン処理されちゃうわ」

 彼の怒りは無視して話を変えた。まともにやりあって勝てる相手ではないし、時間もない。

「ジベレリン処理、なんだ、それ?」

「シャインマスカットみたいな、種無しブドウを作るやり方よ」

「種無しブドウ? それが何だっていうんだよ」

「彼女、実を産むことになる。種無しの実を。ジョウホー・陸道は、その実が獣人の食料だって言っていた」

「種無しの実? ジョウホー・陸道?……なんだよ。情報が多すぎて分かんねえ。ちゃんと話してくれ」

 彼は再び口を尖らせた。

「ジョウホー・陸道とはパーティーで知り合ったの。普通の人間よ」

「パーティー? ジル、俺が木箱の中でうんこを我慢している時、パーティーなんかで楽しんでいたのか!」

「楽しんでいるはずないじゃない。トルガルじゃあるまいし」

「ブヒッ?」

「あなたは、美味しい料理に舌鼓を打っていたわよね?」

「ブヒヒ(そんなことない)」

「ボクが一口で、トルガルは五口食べたんだよ」

「ブヒ……」仔ブタが首をすくめた。

「そういうの、五十歩百歩っていうんだろ?」

「ボクのは生きるのに必要な食事で、トルガルのは贅沢。モノを食べるのにも違いがあるんだよ」

 苦しい言い訳を言った。

「ッタク、……パーティーで知り合ったジョウホー・陸道という奴にそのジベレリン何とかというのを教えられ、マメに会えるように取り計らってもらっていたということだな?」

「まあ、大体そんなところね。そうしたらドッカンって火柱が立って、宮殿中がバタバタし始めて、クライヴのことを思い出したわけ」

「忘れていたのかよ」

 彼が舌打ちをした。

「ジョ、冗談よ。急いでいたのよ。これでも……」

「分かった。そういうことにしておいてやるよ。で、どうする?」

「クライヴこそ、どうするつもりでここまで来たのよ? マメさんの居所は分かったの?」

「それを捜していたところだよ。聞いたところだと、今日、いや、もう昨日か。昨日着いた青人は十人ほどで、この収容所のどこかにいるらしい」

 彼は劇場のような建物に目を向けた。

「なるほど。ここが青人の収容所なのね」

 ジルは、トルガルに乗って俯瞰ふかんしたばかりの収容所の全体像を脳裏で描いた。……宿舎のような建物のどの部屋に、マメは閉じ込められているのだろう?

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ブタに翼 ――転生したところで、戦わない〇〇はただの××さ―― 明日乃たまご @tamago-asuno

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