第45話

「アメリア帝国に贈られてくる青人は、それほど貴重なものなのですか?」

 ジルはジョウホー・陸道に尋ねた。

 一度は困惑の色を見せた彼女だったが、すぐに高貴な無表情に戻り、「いや」と応じた。

「代わりの青人があればすぐにでも、そのマメとかいう女は手に入れられるだろう」

「女だと、どうして分かるのです?」

 不思議に思って訊いた。

「アメリア帝国の獣人は、青人の実を得るためにそれを集めている。女でなければ集める意味がない」

「実……」

 人間ならば卵子ということだろう。しかし、それが何を意味するのか分からない。何らかの研究にでも使うのだろうか?

「青人にジベレリン処理を行うと、年に2度、実を成す。それが獣人の食料のひとつなのだ」

「エッ、……ジベレリン処理、……食料。……どういうこと……」

 ジベレリン処理がブドウを実らせるためにホルモン液につけることだという知識はあった。晴夏の農園でもそれをやっていた。

 しかし、青人はブドウではない。人間だ。それに、実が食料になる。それはもしや。……考えたくもなかった。

「まあ、いい。皇帝に交渉してみよう。皇帝自身がアキノ・シイタケから新しい女を手に入れるかもしれない。とはいえ、青人の女に見合う貢物が要る」

 彼女の視線がジルを射た。

「わ、私はダメですよ……」プルプルと首を振る。「……そもそも、私は天使トルガルをあげるんですから、貢物はそちらで用意してください」

「……なるほど。理屈だな」

 彼女が腕を組み、踵を返した。

 ジルは胸をなでおろし、彼女に続いた。

 部屋が明るくなったおかげで、ドレッサーやライティングデスクに掘られた彫刻の見事さにジルは気づいた。ベッドの羽毛布団のデザインも洗練されたものだった。この街とは異なる文化を感じる。その国家もアメリア帝国の支配下にあるということだろうか?

 ジョウホー・陸道はライティングデスクの前に立つとチャイナドレスのスリットに手を入れてガーターベルトから真鍮製の鍵を取った。

「王宮なのに……」

 彼女の慎重さに驚いた。

「獣人にはコソ泥が多いのよ」

 彼女は鍵を引き出しの穴に差してそれを開けた。平べったい木箱があった。

 木箱にも鍵があった。彼女はネックレスを外した。その留め金に小さな鍵がついていた。

 そんなやり方がこの国の常識なのか、彼女が特別なのか分からない。少なくともクロロ村には鍵らしい鍵がなかった。

 木箱は宝石入れだった。沢山の指輪とイヤリング、三本のネックレスがきちんと並んでいた。

「これぐらいで良いかしらね」

 彼女は青い宝石のついた指輪を手に取り、照明にかざした。青い宝石は、黄色い明かりをのみこみ、青と緑の光を放った。

「ここで待っていなさい」

 ――ギギギギギ……――

 宝石箱を片づけた彼女は、凛とした態度で部屋を出て行った。

「ヴブヴヒッブブ?(ボクはどうすればいい)」

「とりあえず彼女と一緒に行って、そこで待っていてちょうだい。ボクとクライヴはマメさんをクロロ村まで送っていく。それから迎えに行くわ。クライヴも行きたいと思うから」

「ブヒ」

 きわめてざっくりした計画を立て、ジルとトルガルはジョウホー・陸道の帰りを待った。

 彼女は容易に戻らなかった。祭りは終わり、通路を歩く足音や建付けの悪いドアの開閉音が続いた。各国から集まっていた客たちがそれぞれの部屋に帰ったのだ。

 外界は黒い静寂に包まれた。

「遅いわね」

「ブヒ」

「祭りは終わっているのに」

「ブヒ」

 そのうちに外が騒がしくなった。

「急げ!」「食糧庫だ!」「いや、育肉場だ!」

 声をあげる近衛兵が走り回り、腰に下げたサーベルがガチャガチャなる音が響いた。

「何かあったのかしら?」

 カーテンの隙間から外を覗く。懐中電灯を手にした兵隊が列をなしてどこかへ向かっていた。

「ヴヒッヴヴィヴ?(クライヴかも)」

「そういえば忘れていた。でも、クライヴは木箱の中よ」

 宮殿に忍び込めそうなのでそうしたが、当初の計画ではその日のうちに倉庫へ向かって、イモの木箱から彼を助け出す予定だった。

「ヴァブゥ、ヴヴァベブヴァヴー(待ちくたびれて魔法を使ったんだ)」

「えー、どうしよう?」

「ヴヒヴヒグーヴ(行ってみよう)」

 ジルはトルガルにまたがり、窓から夜の空に飛び出した。

 家々の窓には明かりがともっていたが、街灯のようなものは少ない。あちらこちらで点滅する灯りは、商店のネオンサインではなく、兵隊たちの通信、モールス信号だった。

「どこに行けばいいか、分かるの?」

「ブヒ、ヴォヴォブヴェビヴァビ(うん、兵隊を追う)」

「なるほど、任せたわ」

 トルガルは地上の者たちに見つからないように高度を上げ、道を照らして走る近衛兵の列を追跡した。

 ――ドォドォーン――

 前方で赤い火柱が立つ。

「アチャー、クライヴの魔法ね。派手にやり過ぎよ」

「ブヒ」

「作戦がめちゃくちゃだわ」

 ジルは、彼を失念していたことを棚に上げて言った。

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