第48話 さすがにもうおっさんラッシュは打ち止めのはず…だよな?

 それからヒョードたち三人は、おっかなびっくり、〈怨念マリス〉と〈角灯ランタンズ〉に会わないように、こっそり遠回りで帰ったのだが、幸い奴らは去ったようで、運悪く出くわすということはなかった。

〈紫紺の霧〉の二階に戻って、気まずい思いで振り返るヒョードだったが、どうも相手も同じ様子で、〈執着スティック〉は癖なのだろう、今は被っていない帽子を直す仕草をしている。


「なんつーか、その……悪かったな」

「謝るには及ばん、あれはどうしようもない。結果的に失敗に終わったものの、貴重な経験をさせてもらった……〈亡霊ファントム〉、〈鬼火ウィスプ〉、俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「いや、そんな……」「いえいえー」


 存外殊勝な台詞が飛び出たことに、戸惑いを隠せないヒョードとレフレーズ。

 二人の顔を順に見た後、なにか言いたいことでもあるようで、〈執着スティック〉はまずレフレーズに顔を向けた。


「これは経験に基づく老婆心からの忠告だが」

「な、なにかなー?」

「言いたいことは言えるときに言っておくべきだぞ」

「むっ……むむむ」


 なにやら顔を真っ赤にして唸り始めたレフレーズを訝っていると、〈執着スティック〉はヒョードに向かってニヤリと笑って背を向け、立ち去り際に仮面を外して棚に置き、背中越しに言っていく。


「次に会うとき、敵同士でないことを願う」

「こっちの台詞だ」


 もっとも二人は仮面の効果で、互いに互いの素顔を知らない。

 そして赤帽妖精レッドキャップの性質からして、そうなるとしたらおそらく出会い頭の遭遇戦となるのだが……。


 そうなったら、そうなったときに考えるしかない。

 ともあれ、臨時の相棒として、悪くない相手だったのは確かだ。



 とはいえ。


「ぐぬぬ……」


 三連敗は三連敗だ。しかも今回は〈巫女〉の前に品物を持っていくことすらできなかった。もちろんそういう仕掛けだったからなのだが、それはそれとして由々しき成績である。

 しかし今ヒョードが考えているのは別のことだった。頭を抱えて唸る彼の後ろから、チューベローズ姉妹が現れて慰めてくれる。


「ヒョーちゃーん、元気出してよー」

「あんたがそんなだと、〈常設隊レギュラーズ〉のガキどもが心配するわよ」

「ああ、今回はあいつらにも手間かけさせちまって申し訳なかったな。お前らからもよろしく言っといてくれ。ただ、悩んでるわけじゃねぇんだ。これまでの三件で、〈巫女〉のやり方がようやく見えてきた気がする」

「って……」「いうと?」


 揃って後ろから顔を出してくる姉妹の様子に微笑むが、すぐに表情を引き締めるヒョード。


「権勢に驕るカネモッテーラには、禁欲極まる神の威徳を。

 婚約者の無事を願うカンタータには、犠牲を強いる検証を。

 そして過去に囚われる〈執着スティック〉には、奪いがたい思い出の品を課している。

 要するに細部の諸々を省くと、相手によって苦手なものを当てがっているように思える。


 これはたぶん、求婚者がたまたま五人いて、たまたま良さげなお宝も五個あったとか、そういうんじゃねぇな。おそらく〈巫女〉は協力や対立する者たちをいつでも的確に操れるよう、この街の利という利を網羅している。この件においては、使えそうなものを五個ピックアップしてるだけだ。きっと四人目や五人目も、一人じゃどうにもならない難題を課せられているに違いねぇ。わかったぞ、〈巫女〉は……」


 固唾を飲む姉妹に、ヒョードは断言する。


「ものすごく性格が悪い!!」

「それ最初に言ってなかったっけ!?」

「つまりー、わからないということがわかったってことを再確認した形だねー」

「そういうことだ!」

「もー、お姉ちゃんはまたヒョーを甘やかすんだから……」


 ネズミが嫌いなエロイーズとしては、気持ち悪いものを持って帰って来なかったのは良しとしたようだったが、実際ヒョードが落ち込んではいるのも感じているようで、起き抜けの彼女自身の髪の毛に、「今日の編み込み」を施しながら言う。


「次のチャンスがあったら、わたしも手伝ってあげるわ。宝が気持ち悪いやつじゃなければ」

「わたしも、次も手伝うよー。宝が気持ち悪いやつじゃなければー」

「ていうかね、ここまで全部気持ち悪いのよ。なんなの、おっさんがペロペロしてた毒の食器だの、おっさんの養分で育った植物だの、おっさんが貰ったネズミの皮だの」

「おっさんを経由してることはもう諦めろよ。俺だってもうこれ以上おっさんとは出会いたくねぇんだよ。つーか……」


 ヒョードはどこからともなくハンカチを取り出し、憤怒の形相で噛み倒しながら叫ぶ。


「キィーッ、悔しいーっ! またしてもあの女の掌で踊らされたっ!」

「なにその腹黒ライバルお嬢様キャラ……」

「次だ! 次こそは絶対あの女の吠え面を拝んでやるぜ! ゲェ〜ッヘッヘッヘッヘ!」

「やめてよー、ものすごく三下な悪役みたいになってるからー」


 俺たちの戦いはこれからだ(本当にこれからです)!

 つづく(本当に続きます)!




「師匠、またなにもしなかったっす」

「おやおや、これは困ったねぇ……」


 ティコレットの不機嫌そうな顔を前にして、ダンテンは頭を掻いて誤魔化すしかない。

 実際これまで、彼は〈亡霊ファントム〉一味が正解に辿り着けないことを悟りながら、横からちょろちょろとちょっかいをかけていただけだった。


「といってもねぇ……あと残っている〈巫女〉案件といえば『竜の珠』と『燕の石』だろう?『竜の珠』は散々言ってる通り、僕には本当にどうしようもない。これこそ〈亡霊ファントム〉くんたちに期待するしかないよねぇ」

「師匠、不甲斐ないっす」

「ティコくん、君はそもそも僕のファンになったんじゃなかったのかい?」

「だからこそっす。師匠のすごいところ、間近で見たいっす」


 そう言われると弱い。探偵としての体裁で、優雅に紅茶を啜るダンテンだったが、不意に鹿撃ち帽を脱ぎ捨て、芝居がかって宣言する。


「まぁ、そう慌てなさんな。最後の最後で美味しいところを掻っ攫う算段は立ってる……そうだな、〈亡霊ファントム〉くんにあやかって、僕もたまには予告しようかな。

 この街で燦然と輝く、もっとも重要な宝は、この僕が手に入れる……それは保証する。実を言うと僕がこの街に戻ってきたのは、そのためというところが大きい。

 逃がしはしないさ。その様子を見ていてくれたら、ティコくんも少しは僕を見直してくれるんじゃないかな」


 自称探偵の自称弟子が、にわかに見せた反応は、にっこり笑うというものだった。

 お気に召したようでなにより。しかし差し当たっては『竜の珠』だ。


 これに関しては理由があり、本当に手出しのしようがない。誰にでも得手不得手というのがある。

 ダンテンにできることはただ、〈亡霊ファントム〉たちの勝利を祈ることのみだった。

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暁のファンタズマ 福来一葉 @fukurai

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