遥かなる夏空の下で

風宮 翠霞

第1話 君はもういない

蝉の音が降り注ぐ中、僕は歩いた。


あの日君と歩いたみちを、辿って。


スマホだけをズボンのポケットに突っ込み、延々と続く線路沿いを歩いた。


『つまらないなあ、燈紀とうき‼︎なんか面白い話して‼︎』


『はあ⁉︎急になんなのさ?』


鉛を括り付けられたように重い足を動かせば、あの日の会話が甦る。


『ほら、行こうよ』


『待ってって‼︎』


あの日君に引かれた手の中に握られるのは、ほんの少しの硬貨だ。


あの日の温かく柔らかい感触と正反対の、冷たく硬い金属の感触を強く握り締める。


『あのねえ、燈紀。どんなに嫌で嫌で仕方が無くても、人生は続いていくんだよ?』


『んな事、わかってるよ』


そうだ。


わかっていたんだ。


そんな事は。


ただ、其処に君がいない事以外は。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る