第8話 醜い世界で桔梗の花を
「君は、世界は綺麗だと言ったけど。……僕にはやっぱり、汚く見えるよ」
この世界は醜い。
醜くて、汚くて、あまりに優しさが足りなすぎる。
「それでも、君は生きろと言うんだろうね」
そう、本当は、知ってたんだ。
君が遺した、僕を否定する言葉の意味を。
何度も何度も、君から聞いていたから。
『君は私と違って苦しくても、辛くても、なんだかんだ言って生きていける人だよ。だから、大丈夫』
今ならわかる。
君はきっと、ぽきりと折れてしまったんだろうね。
おちゃらけたフリをしていたけれど、真面目な君の事だから。
何かの拍子に、心が折れてしまったのだろう。
この世界は、君みたいに優しい人が生きるには、本当に優しくない世界だから。
それでも……。
「それでも、僕は君に生きていて欲しかったし、君に相談して欲しかったよ」
辛かったら逃げてもいい。
生きてさえいれば何とかなる。
そう言ったのは、君だろう?
僕だって君のその言葉に縋って、一年間生きたんだ。
「本当に、生きて欲しかったんだよ?なあ……僕は、置いていかないで欲しかった」
一度温かさを知ってしまえば、一人で生きるのはあまりにも寒すぎる。
せめて、せめて連れて行って欲しかった。
ぽたり、ぽたりと頬を伝って落ちた水滴によってできた、白い波止場に広がるシミがあった事は、夜空に浮かぶ星だけが知っていた。
「……もう僕も、君のところへ行ってもいいかな?」
僕は頑張っただろう?
そのつもりでここまで来たんだ。
君のいるところへの、片道切符を買って。
「ごめんな」
君の期待には、応えられそうにない。
虚空に向かってそう告げて、君がそうしたように。
「燈紀くん‼︎」
車の音と、名前を呼ぶ声が聞こえた。
スマホの電源は切ったのに、彼らには僕がどこに行くのかわかったのだろう。
「君は、嗚呼……死なせてくれないのか?……なら、それなら、一回でいいからさ、君の声を聞かせてよ。なあ、
当然のように返事はなく、僕が君に向かって叫んだ声は空に溶けて消えた。
隠す事もなくボロボロと涙をこぼすようになった僕を、車から降りた二つの影が肩を抱いて連れ帰る。
二つの影は、桔梗の両親だ。
桔梗が死んだ後、僕は施設から二人に引き取られたから二人は桔梗の両親でもあり、僕の両親にもなった。
これは、桔梗が結んだ縁だった。
「君は死んではいけない、燈紀くん。死んでは、いけないんだ。桔梗に続けて、私達に二人も子供を看取らせる気か?」
「……う、ぁあああああああ‼︎」
車の中で桔梗の、彼女の両親にかけられた声に、僕は両親が死んだ時に泣けなかった分まで吐き出すみたいに泣いた。
片道切符だったはずなのに、僕は君に、生かされた。
車の中で見た陽の出の光が、鮮明な記憶の中。
笑顔で桔梗の花を抱く彼女と重なって見えて。
僕はまた、自分の頬を涙が滑るのを感じた。
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