第7話 君に届けと願って

「君は、君は……本当に勝手だな」


『燈紀は泣かなかったんじゃない、泣けなかったんだよ。ご両親が死んで悲しかったけど、悲しすぎて泣けなかっただけ。大丈夫、燈紀はちゃんと人間だよ』


僕の事を檻から引っ張り出して、肯定して、肯定して、君なしでは生きられないようにして。


そのまま消えてしまった。


今でも君とのただの日常が、頭から離れない。


以前のように心を閉ざそうとしても、記憶の中の君が邪魔をする。


「本当に、自分勝手だ」


独り言のように。


君に語りかけるように。


僕は話し始めた。


あの夏、隣に座る君に向かって話しかけたように。


恨み言から始めて、君がいない一年間の話をする。


君が隣にいたらいいと。


君に届けばいいと、そう願って。


「あれから、君がいなくなったけど、少しだけ頑張ってみたんだ」


でも、ダメだったよ。


何を食べても味がしなくて。


何をみても色が感じられなくて、綺麗だと思えなくて。


誰の声を聞いてもノイズに聞こえた。


「それでも、屋上に上がるのは、やめてる」


君の絵を描いている間は、君が生きているような気がするから。


ずっと、絵を描いている。


「そういえば、君が褒めてくれた絵が、コンクールで優勝したよ」


君が、同じ名前の花を抱えて笑っている絵。


僕が初めて、感情を込めて描いた絵。


君に褒められた時は、あんなに嬉しかったのに。


コンクールで優勝した時は、何も感じなかった。


先生に、市長に、偉い人達に。


誰に褒められたところで、君の称賛の言葉には届かない。


『すごい‼︎すごいよ‼︎』


単純な言葉だったけど、心の底からそう思っている事がわかる声には。


誰も敵わなかった。


でも、君はきっと喜ぶだろう?


本人である僕よりも、嬉しそうに。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る