トカレスカ騎士団 3つの頭
「戦争の前はメドゥーエク街とティール港町を結ぶ街道が敷かれていた。今も道の痕跡は強く残っているが、路上に魔獣が出てきている。これを排除し、交通の利便性を向上させるのが1ヶ月後に行う作戦だ」
青空の下でアニールが騎士団団員の前で地図を壁に貼り、作戦内容を話す。アニールの眼前には、新たに騎士団に加入した約50人の団員が初任務を前に胸を高鳴らせている。
「鼠衆会に支配されてた頃は何もできなかったけど、今なら街の力になれる!」
「自分の力で世界が良くなるなら頑張れる……!」
アニールの話を聞く騎士団団員達は私語こそ絶えないものの、私語の内容は極めて前向きで士気の向上が伺い知れる。
「路上の魔獣は主にヌガ、擬態能力を持つカメレオニア、そしてジャードーニルガイだ。ヌガは皆知っていると思うが、カメレオニアとジャードーニルガイは対処が難しい。カメレオニアについてはこのメンバーの内で狩人を兼ねている者を中心に注意心の深い者を数人選んで訓練を施して対策する。ジャードーニルガイは本来草食だが縄張り意識が強く、衝突は避けられない。ジャードーニルガイはまた馬ほどの大きさがあり魔力による攻撃も行うから、必ず隊伍を組んで対処すること。今から1ヶ月、これらの対魔獣を想定した訓練を行って騎士団全体として強くなるよう努めること。なお、本作戦の際にはティール港町からも数人か騎士団メンバーを選んで共に行動する。以上、質問のある者は」
「はい、作戦行動時の補給は〜〜〜」
騎士団団員からいくつかの質問が飛び、それら全てをアニールとアルトが対処する。
「……以上だ。ミーティングはこれにて解散とする」
騎士団団員達がそれぞれに分かれて事前の打ち合わせ通り対魔獣の訓練を始める。その場に残ったのは、アニールとイヴイレス、エルベン、そしてアルトだ。
「さて君たち3人に残ってもらったのは、我々指導者が何を考え、何を指示するべきか話すためだ」
アルトの言葉にアニール達3人が、ごくり、と唾を飲み込む。アルトの雰囲気がさっきまでより一層厳しくなる。
「……この街に来る前までは我々トカレスカ騎士団は少ない人数で活動してきた。有志を募り、騎士団を旗揚げできる場所を探した。その時の我々仲間たちは常に横並びだった。同じ目線で物を考え、対等の立場から意見を交わした。そう、騎士団設立当時の八人のメンバー、アニール、エルベン、イヴイレス、ウインダムス、ユーア、デボ、レイザ、そして私、皆が横並びのメンバーだった。だがこれからは、新たに60人余の団員がアニール・トカレスカという団長の背中を追いかけてくることになる。アニールと同じ志を持ちアニールに最も近いエルベンとイヴイレスの2人の背中も追いかけてくることになる。横並びじゃない、アニールやエルベン、イヴイレスの背中を付いてくるんだ。彼らに投げかける言葉も、彼らに対する考え方も、何もかも全て今までとは違うことを自覚せねばならないのだ!」
かつての戦争で十傑の補佐を務め隊を指揮していた男の言葉はとても強く、実が込められている。アルトから発されるかつての戦争を戦い抜いた覇気にアニール達は気圧されそうになる。
「イヴイレス。ティール港町のことはレイザに任せて君は1ヶ月間ここに残れ。君たち3人は1ヶ月間の間ここで私からトレーニングを施す。君たち3人は将来、トカレスカ騎士団の代表を務める”3つの頭”として機能せねばならんのだ」
アニール達3人が唾を飲み込む。ふと、アニールは訓練している団員に目を向ける。一生懸命に訓練をしているその姿を見てアニールの心が少し揺らぐ。
(ああ、生きている。……そうか、新しく加わってくれた者の命は私の指揮ひとつで生きるか死ぬかがわかれる)
アニールが思わず手を強く握りしめるのをアルトは見逃さなかった。
「今までは不思議と我々に死人が出なかったが、はっきり言おう。これからは団員の誰かが必ず死ぬ。必ず、な。ーーー全員の命を失わないまま前に進める軍団はこの世界のどこにも存在しないんだ」
(……分かってはいたけど、自分の立場と責任に逃げ場がない。もう逃げることは許されない。それに)
エルベンとイヴイレスの怪訝そうにする視線も構わずアニールが自分の剣を抜き、その切っ先をまじまじと見つめる。
「……私はこの剣で今までに数多の命を奪った。これからも悪しき者の命をたくさん奪う予定だ。責任なら既にある。ここから私は逃げてはいけない。ーーー頼む、騎士団を指揮する者として特訓をしてくれないか」
アニールの視線が確と定まり、アルトが頷く。アニールの言わんとすることが分かったのか、エルベンとイヴイレスの背筋が真直ぐになる。
「俺もよろしくお願いします!」
「僕も強くなりたい。アルトさん、よろしくお願いします!」
エルベンとイヴイレスもアルトに頭を下げる。
「よろしい。ではいつか来る鼠衆会との決戦に向けて、まずは1ヶ月後の魔獣掃除を目標としましょう」
アルトの力のこもった視線が3人に注がれる。
トカレスカ騎士団 観測者エルネード @kansokusya
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