縁結の儀 そして半年後
大神社にて、トカレスカ騎士団とメドゥーエクの市民の縁結の儀式が始まる。アルマトは儀礼用に袖の長い紫色の着物を着て、髪を銀色の輪で留めている。四方に火を灯した円の中に革鎧を着たアニールと儀礼用の装いをしたアルマトが入る。油に火を灯した明かりだけの空間の中でアニールがナイフを取り出し、自らの手の甲に切り込みを入れる。アニールは表情を変えず、血が溢れ出るのを確認すると片膝を床につけて手の甲をアルマトの口元に差し出す。それをアルマトは両手で抱え、血を少しばかり吸い込む。それが終わるとアニールは円の外側に出、エルベンにナイフを託す。こうして、トカレスカ騎士団のメンバー全員がアニールと同じ動作をし、ルダーム・シェルトの縁結の儀礼は終了した。
「痛かったですぅ。治さないと……」
「だからやめてもいいと言ったんだけどな」
ユーアが泣きながら自分の傷を治しているところにエルベンが茶々を入れる。トカレスカ騎士団一同とアルマトが大神社の出口に差し掛かると、犬種ボルゾイの獣人にしてメルカ教の大司教キティルがそこに立っていた。
「血を流す儀式、やはり野蛮ですね。神は少しの血でも大切にせよとおっしゃられているのに」
「別に貴方がたが血を流すわけではないでしょ。それに血を流すのは儀式の時と戦いの時だけ。ルダーム・シェルトの始源たる”黒い獣”が無闇な流血を好んでいたわけではないのは知らなかった?」
アニールとキティルの間で静かに火花が散る。少ししてキティルは用があるからとその場を立ち去る。空は晴れていたが、その日光がアニール達の心を癒しきることはできなかった。
半年後。
日が出て間もない頃、アニールが歌いながらメドゥーエク街を囲む防壁の回廊を歩く。遠くを眺めると、比較的平たい草原の向こうに巨大な川が流れている。巨大な川と街の間を田がびっしりと敷かれ、遥か遠くの山脈から顔を出し始めた太陽が、水の満ちる田の上に光の橋を架けている。メドゥーエクの門から人々出てきてが働き出しているのが見える。アニールの視線がまた別の方に向くと、田のない所でメルカ教団の人々が太陽の方に向かって頭を下げ膝を地についている。街の内側に目を向けると、子供たちと女性たちが洗濯や機織りなどの仕事に勤しんでいる。
「♪ 世界が寒冷に閉じて人々が絶望と無気力に閉じる中、黒い獣は人々に火を与えてこう言いました。知を蓄え身体を働かせ以て生を成せ、と♪ ……さて、私も何かするかな」
アニールは歌う声を止めて防壁内部の階段を降り、田に出る。田の水に架かる日光の橋がアニールの目を襲う。目を横にそらすと、田に入った男のひとりがアニールに気付く。
「ああ、アニール様か! 田のことは良いから、チビどもの相手をしてやってくれんか。今は女房も忙しいだろうから」
「そうか、分かった。……毎度田の仕事をしてくれて感謝する」
そう言い置いてアニールは門を潜り、街の内側に入る。すると、数人かのまだ小さな子供がアニール目掛けて押しかける。
「アニール様、遊んで!」
「お話聞きたいです」
「武器見せてー!」
輝く子供たちの目に怯むことなく、アニールは慣れた柔らかい表情を子供たちに向けながら背に掛けている剣の柄を強く撫でる。
「武器触るのは前から言ってるが、駄目だ
ぞ。お話聞きたいんだなあ〜」
アニールが道端の段差に座り込んで、今まで辿ってきた旅路の話をする。外の世界には滅んだ村や町がたくさんあること、強者との出会い、そして野盗との戦い。
「……こうして今に至るんだ。これでお話はおしまい。さて、馬車は来たかな」
アニールが立ち上がり、児童たちに別れを告げて西門の方に歩く。そこでは、馬車から降りる人影があった。
「イヴイレス! どうだ、ティール港町のほうは」
「アニール! なんとか騎士団加入者が少し増えて、町の守りは固くなった」
新たな加入者を数人か引き連れて馬車から降りてきたイヴイレスはアニールの後を追い、大神社街の外側のトカレスカ騎士団訓練場のほうへと向かう。日は昇っており、田畑の仕事を終えたメドゥーエク街の騎士団加入者の者達が、ある人は藁人形に向かって槍に見立てた長棒を突き付け、またある人は体力作りに防壁の外周を走っている。そんな人達の中心にいるのはアルト。
「そこ、列を崩すな! 守勢の際には槍の壁を作るんだ! ……あ、イヴイレスか。久しぶりだな、メンバーの鍛錬に抜かりはないか?」
アルトがイヴイレスに気づき、近付いて肩を叩く。長い緑髪を払いながらイヴイレスが笑顔でそれに応える。
「アルトさんの教えがとても役に立ちまして、この前なんか町を襲った魔獣を僕が駆けつける前に討伐してしまいましたよ」
そこへエルベンがやって来て少し言葉を交わしたのち、アニール達は大神社にあるトカレスカ騎士団本部に移動する。
「それで、僕を呼んだ理由は何だ? 野盗の件か?」
問われて、アニールが首を横にふる。
「アニールがお前を呼んだのは、ーーーメドゥーエク街とティール港町を結ぶ街道の魔獣を排除して安全にするためだ」
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