街とトカレスカと

 街の南門に人々が集まり、見守られる形で2つの馬車団それぞれが各々の場所へ帰ろうとしている。一つはメルカ教団の、もう一つはトカレスカ騎士団の。アニールはメドゥーエク街に残る身として、イヴイレスに声かける。


「ティール港町のこと頼りにしているよ、イヴイレス」

「分かっている。アニールこそ、メドゥーエク街をよろしく頼む」


 イヴイレスが自信に満ちた目で応える。アニールは馬車の中の仲間たちの顔を見てはため息をついて肩を落とす。


「私が言い出したことだけど、離れ離れになるのは寂しいな」


 影差す顔でアニールがそう言うと、すぐにウインダムスが面を上げる。緊張してはいるが、力のこもった趣だ。


「大丈夫です。我々はトカレスカ騎士団とその団長アニールさんに忠誠を誓っていますから。遠くとも心は共に在ります」


 ふ、と笑ってアニールの顔が晴れる。トカレスカ騎士団の馬車が動き始め、遠くへと行ってしまう。

 トカレスカ騎士団の馬車が見えなくなった頃、教皇ハタルアが4つの馬車に囲まれた一番豪華な馬車に乗り込む。


「トカレスカ騎士団団長アニール・トカレスカ。私が教皇聖下からの言葉を預かっている」


 ユノアが、カツ、カツ、と足音を鳴らしながらアニールたちの元へやって来る。


「『メルカ教団はメドゥーエク街、ティール港町、及びトカレスカ騎士団への協力を惜しみません。何かお困りのことがあれば申し付けを。それからアニール団長の理想は私も見たい。応援しています』……とのことです。あなた、随分ハタルア教皇聖下に好かれましたね」

「ははは。……じゃあ私からも言伝をお願い。『トカレスカ騎士団は秩序を護る事を旨としている。悪しき者に苦しめられし時は我ら騎士団を呼んでほしい。それからハタルア教皇聖下に申し上げる。再び見えることあれば、メルカ教のことなどたくさんお話したい』って言ってね」

「……教皇聖下にそんな仲良しのノリの言葉を言えるのは、あなたと私とシルス位ですね。まあいい、気に入りませんが伝えておきましょう」


 それきりユノアは教皇ハタルアと同じ豪華な馬車に乗って、メルカ教団の馬車団が軍とトレビュシェットの分解された部品を伴ってメドゥーエク街を離れていく。


「ハタルア教皇聖下がどうかご無事にお帰りなされますように……」


 そう言ってアニールの隣で天に祈るのは、メルカ教団がメドゥーエク街に叙任した大司教キティル・アレキサガ。犬型の獣人で、見た目は犬種ボルゾイに似ている、白い毛並みだ。祈りを終えたキティルが用事あり気に視線をアニールに移す。


「さて、アニール殿。初めに断っておきますが、我々はメルカ教団。メルカの教えに従って生き、祈る人間です。神はこう仰った、神盟聖書、預言マルカの章17節『我が子らよ。神の言に意味あり。疑うことなかれ。反することあらば、神罰を待つまでもなく汝はザルファルの氷魔に招かれて地獄への道を踏み出すことになろう』。我々の行動すべてに神から託された意味があるのです。貴方がたも神に倣って生き、ゆめゆめ神の意に反する行動をなされませんように」


 固い。アニールの第一の感想がそれだった。それに、宗教を信ずる者にはよくあることだが自分の宗教こそが至高だと考えている。キティルは他人の領域に堂々と土足で上がり込んでそこに自分の城を作るつもりなのだ、とアニールはそう考えた。


(なら、先祖代々受け継いできた【ルダーム・シェルト】が負けるわけにはいかない)


 アニール達やメドゥーエク街が信仰しているルダーム・シェルトは【歌教】と【滅天人話】を中心とした教義であり、他の神や精霊と調和する宗教である。他との調和を重んじるこの教えは他に一方的な圧力をかけることを良しとせず、また他から一方的に圧力をかけられることも良しとしない。この教えに則って、アニールは負けるわけにはいかなかった。


「メルカ教のことはこちらで最大限尊重します。しかし最も大事なのは秩序と街の人々のこと。それに、”ルダーム・シェルト”の千の歌に意味があり、歌の教えの精神でこの街を護って見せる」


 二人の視線の間で静かに火花が散る。それぞれがそれぞれに背を向け、その場を後にする。




「えっ、ルダーム・シェルトの大神社の一部を貰えるの?」


 馬車を見送ってそのままメドゥーエク街の代表者アルマトと話し合いに入ったアニールは、アルマトの言葉に口を丸くする。トカレスカ騎士団のメドゥーエク街における拠点をどこにするかという話である。


「ええ。我々は大神社の一階の東の大きな空室が貴方がたに相応しいと考えました。あそこは元々神職の大部屋でしたが戦争後に略奪にあって今は何もありません。必要なものがございましたら人のいなくなった建物から家具類を運び出せますわ。寝る場所については、大神社の隣の元法器店を差し上げます」


 アニールの心が躍り、鼓動が加速する。馴染み深いルダーム・シェルト、その雰囲気を間近に感じながら職務に励めることはアニールにとって喜ばしいことだった。


「ありがとうございます! 良いところを紹介してくださって……!」

「いえいえ。貴方がたの噂は街を救った英雄としてもちきりです。その恩に報わなければ無礼というもの」


 その会話中、アニールは何を考えていたか頻繁に右上に視線を逸らしていた。アルマトがその事を問う。


「……何か考えておられるようですね」

「ああ、わかりました? ルダーム・シェルトの儀式のひとつ、”縁結の儀”ってやったほうが良いかなと思って」

「ああ……」


 ”縁結の儀”は詳細はここで省くが、ルダーム・シェルトにとって重要な儀式である。抜かせば、メドゥーエク街との信頼関係はあまり深まらないだろうということである。


「当然、やりましょう。でも、トカレスカ騎士団は全員がルダーム・シェルトを信仰しているわけではないとお見受けしますが?」

「それは当然そうだ。ここに残っている中ではユーアとアルトは信仰していないな。まあ聞いてみるが、最低でも私とエルベンが出ることになるな」

「では、準備はこちらでしておきます。アニール様もよろしくお願いいたします」


 二人が席を立つ。アニールは騎士団メンバーのところへ赴き、新たな拠点へと連れて行った。




「ここが私たちの新しい拠点だ。……掃除が必要だな」


 アニールが咳き込んで鼻を摘む。新しい拠点として充てがわれた大神社の東の部屋は、略奪の跡がまだ残っていてそこら中破片と埃だらけだ。アニールたちの視界の端で虫も蠢いている。


「っし、やるか」とエルベンが腕を捲り、「腰が折れそうだな」とアルトがぼやき、「地上で掃除するなんて初めてです」とユーアが目を輝かせている。結論から言うと、掃除には約一週間掛かった。




 アニール達が掃除を始めた日の夜、大神社の隣でトカレスカ騎士団の寮となった建物でアニール達4人が卓を囲う。卓にはメドゥーエク街周辺の畑で採れた沢山の野菜料理、メドゥーエク街の備蓄から寄付された燻製肉などが並んでいる。


「アニール……俺は夢でも見ているのか?」

「同じ夢を見ているとしたら奇跡だな」


 エルベンが卓の上の光景を見ては目を擦っている。アニールもエルベンと同様にして、卓の上の料理たちを疑っている。


「街の人たちからの厚意だ、無駄にはできないだろう。今まで放浪続きで虫や野草程度しか食べ物が無かったから珍しがるのは分かるが、早く食べてくれないか。ユーアさんも、絵を描いてないで食べて」


 アルトが燻製肉にフォークを刺してナイフで切りながら、他の3人に厳し目の口調で注意する。


「私は地上のものを記録しておかなきゃ。描いたら食べるので、私のことは気にしないで」


 注意されてもなお筆の手を止めないユーアは嬉しいのか、翼が広がっている。料理に手を伸ばし始めたアニールが、すんでのところで目線を上げる。


「そうだ、言うのを忘れてたんだがルダーム・シェルトの”縁結の儀”を行うことになったんだ。アルト、ユーアはルダーム・シェルトの徒ではないが参加してくれるか?」


 首を傾げるユーアにエルベンが耳打ちをした後、ユーアの顔が青白くなって手首を庇うようになった。


「あれか。……私はかつてエイジリア王国の国教”ヴィリア教”の徒だったが、とうの昔に絶望して棄教した。それからはだらだらと何も信仰せずここまで来たが、そろそろ何か信仰しないとまずいんだろうな、俺は」


 切断した肉をフォークで口に運び、あまり音を立てずに咀嚼した後にアルトは視線を固める。


「よし、私はルダーム・シェルトに入ろう。いつまでも何も信じないでいるのは危険だからな」

「よっしゃ! ユーアは?」


 アニールが野菜料理をスプーンで皿に運びながらユーアに視線を向ける。


「古い文献でルダーム・シェルトのことは知ってます。”閉ざされた冬”の時代から続いている宗教ですよね。とはいえ、”縁結の儀”っていう新しい儀式ができてるとは思ってなかったです。……未知の部分が怖いですけど、儀式に参加する位であればやります」


「そうか」


 アニールは満足げに頷き、野菜料理を口に運ぶ。

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