第3話 キス、いきなりヘブン

「い、いつから……気がついてた? えっと……その……私がサキュバスだって……」


 アイスカフェラテを飲み干した紗希が、もじもじしながら俺の顔を見る。


「そうだな……」


 いつだろう。秋ぐらいだろうか。いきなり、紗希が夢――それも、ちょっとえっちな夢に出てくるようになったのだ。


「紗希の……その、紗希の出てくる夢を見るようになったのは、秋だったかな」

「どんな夢?」

「紗希が……つか、紗希と……キスする夢だ」

「……どんな風にキスしたかとか、私がどんな格好していたかとか、覚えてる?」

「あ、ああ」

「え、えっちだったよね、私。あんな格好したりして」


 思い出す、夢の中の紗希の姿。


 Tシャツにショートパンツだったり。

 真っ白な水着だったり。

 下半身のシルエットがよくわかる、薄い生地の夏制服だったり。


 どれも……えっちだった。


「まあ、その、なんだ……似合ってたぞ」


 嘘じゃない。たしかにえっちな感じだった。しかしそれ以上にすべての服装が、スタイルが、可愛かった。


「ほ、本当?」

「本当だ。すごく、可愛かった」

「そっか。可愛かったんだ」


 へへ、と微笑む紗希。


「あと、キ、キスだけど……あの……ど、どんな感じだった? き、気持ちよかった? 私、本当のキスしたことがないから……下手だったらどうしよう、気持ちよくなかったらどうしよう、って気になってて」


 上目遣いに俺を見ながら、恥ずかしそうに紗希が聞く。


 気になること、そこなんだ。


「えっと……」


 深呼吸。


「き、気持ち……よかった」

「私、キス、上手?」

「……そ、そうだな。上手なんじゃないかな」


 他の人とキスなんてしたことないんだ。比較できない。


 だけど、自信を持っていえる。紗季はキスが上手だ。絶対上手だ。


 唇の吸い付き具合や舌の絡め方。ただのキスのはずなのに、体の他の部分――主として下の方――が盛大に反応してしまったからな。


「よかった。キスが下手だと駄目なの。気持ちよくなってもらわないといけないんだ」


 どういうことだろう?


「あのね、兄さん……淫夢って知ってる?」


 恥じらいながら紗希が言った。


「ああ。えっちな夢だろ?」

「そう。えっちな夢。サキュバスは男の人にえっちな夢を見せることが出来るのね。その夢で……えっと……その……興奮してもらって……男の子な部分を……その」

「それ以上言わなくていいぞ」


 言いたいことはわかる。


「うん」


 紗希が顔を赤らめる。


「……そんな感じのときに……キスするとね……出てくるんだ、兄さんから」

「出る? 何が?」

「……精気オーラ。私たちの……命の源」

「口から吸うのか? その……オーラってやつを?」

「うん。夢の中だと吸えるんだ、オーラ。兄さんのお口から。こんな風に舌を使って」


 紗希が口を開け舌を動かす。

 ビクン。俺の中で何かが動く。


「まだ下手なんだ。お母さんは上手だよ」

「もしかして……」

「そう。お母さんもサキュバス」


 咲江さんもか。まあ、そうだろうな。


 紗希がアイスカフェラテの氷を口に入れた。口の中で氷を転がす。ほっぺに浮かぶ、氷の形。


「聞いてもいいかな」

「何を?」

「俺の家に来る前……つまり義妹になる前は……どうしてたんだ?」

「それまでは人間と同じ。普通にご飯食べて、それだけ。15歳からなんだよ。オーラが必要になるの。15歳の誕生日、サキュバスに目覚める。私の誕生日10月10日。あの日からサキュバス」

「そういえば……そのころだったな、紗希の夢見るようになったの」

「でしょ? あの日の夢、覚えている?」


 恥ずかしそうに紗希が聞いた。


「……もちろん」

「兄さん、いきなり抱きついちゃって。私、びっくりしちゃった。このまま押し倒されるのかなって。どうしようって焦っちゃった」


 だって……すっごいえっちな格好だったし……。


「でも、兄さん紳士だったよね」

「ま、まあな」


 紳士だったわけじゃない。へたれだっただけだ。だって、わからないじゃないか、夢なんだって。仮に夢とわかっていたら……。


「ファーストキスだったんだよ、あれ。私の」

「俺にとってもファーストキスだぞ」

「そうなんだ。彼女とかいないの?」

「俺の彼女、見たことあったか?」

「そっか、そうだった」


 ふふ、と紗季が笑う。


「夢の中では兄さんと恋人みたいだね」

「キスしてるからな」

「でも、現実世界では兄妹なんだよ?」


 からかうように紗季が言う。


「仲良し兄妹なの。だよね、兄さん?」

「ああ」


 そう。俺たちは兄妹。


 恋人じゃない。


 夢の中ではキスしても……体を触っても……現実世界ではキスどころか手すら握らない、兄妹なのだ。

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