第4話 ディアサキュバス


 そう。キス。夢の中では……毎日、キス。


「その……やっぱ毎日必要なのかな、オーラってやつ」

「できれば。といっても数日くらい無くても大丈夫だよ。あんまり日が空くと貧血になるみたいだけど」

「貧血? オーラで造血してるのか?」

「うーん、わかんない。貧血みたいってだけで、本当に貧血じゃないらしいし」

「ほう……」


 人体の、いや、サキュバスのミステリーだな。


「どっちにしても……オーラは男の人から、夢の中で吸い取るしかないの。15歳の女の子にとっては……手に入れるの難しいんだ」


 そりゃそうだろう。


「……で、ここからが本題なんだけど」


 すう。紗希が小さく息を吸った。

 はあ。伏し目がちに息を吐く。


「お母さんが再婚したの……私のためなんだ。オーラを……毎日……簡単に吸えるように……健康な男子がいるバツイチ男性、探したの」


 下を向いたまま紗希が言った。そして肩をふるわせ、思い詰めたような声で「……ごめんね」と呟く。


「……私たち、兄さんと義父とうさん、騙したも同然よ。最低だわ」


 紗希の目から涙が落ちた。


「いい人見つけたよ。紗希ちゃんと同じくらいの男の子がいるの。15歳になっても安心ね、オーラ貰えるからって言って再婚したんだ……。それって、私のためだよね?」


 俺は返答できない。


「最低だ。私もお母さんも」


 ぽたぽた。テーブルに紗希の涙が落ちた。


「ごめんなさい、兄さん。私、兄さんを騙した。妹になりすました。妹になる資格なんかない。えっちな夢、見させてごめんなさい。無理やりキスして、ごめんなさい。こんな私なのに……兄さん、優しい。優しいんだもの。こんな優しい人を自分のために利用するなんて……本当にごめんなさい……」


 紗希の嗚咽がスタバに静かに響く。一気に視線が俺たちに集まった。


「紗希、顔を上げてくれないかな」

「うっ、うっ……」


 ぐじゅぐじゅになりながら紗希が顔を上げた。


「あのな……どうやって出会ったかなんて……どうでもよくないか? 俺たち、兄妹になったんだ。親父だって、咲江さんを愛している。咲江さんだって、幸せそうだ。あの笑顔に嘘はない。少なくとも俺はそう思う。紗希も咲江さんも……も仲が良い。そして俺と紗希も……その……仲良いだろ? それでいいじゃないか」

「ほんとう?」

「ああ」


 おまけに紗希は美人なのだ。こんな美人が毎晩えっちな夢に出て来てキス。

 俺的には天国。キス……いきなり天国って感じだ。心臓のビートもアップ、アップビートな毎日。


 好きなだけオーラ吸ったらいいさ。


「ホントのホント? 兄妹? 仲良し?」

「ああ、仲良しだ」

「仲良しなんだ。やっぱり、優しいな、兄さん」


 紗希が笑った。


「じゃあ……兄さんに甘えちゃおうかな……」

「甘えてくれ」

「いいの?」

「ああ」

「どーしょっかなー……」

「おう、甘えれ、甘えれ!」

「うん、甘える!」


 紗希が俺の両手をぎゅっと握った。小さくて柔らかい手だ。


「あのね、今までのやり方だと……オーラの量が少ないの。質も……ちょっと落ちるというか。ううん、兄さんのせいじゃないわ。夢ってそういうものなの。だからね……」


 ちょいちょい。紗希が手招きする。両手を筒状にして口に当てる。

 コソコソ話ってことらしい。


「明晰夢で貰いたいんだ」

「メイセキム?」

「そう、明晰夢」


 ああ、明晰夢か。夢という自覚のある夢のことだな。


「夢ってわかると……大胆になれるでしょ? 現実ではできないことも……できちゃう」


 え?


「兄さん、夢の中だとすぐやめちゃうんだもん。キス。だから……夢ってわかれば……もっとしてくれるでしょ? キス」

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