第6話 兄は昼間から

 俺と紗希は恋人ではなく兄妹。だから、家へ向かう途中、俺たちは手を繋いだりはしなかった。繋ぎたかったけど。


 他愛のない会話の途中、時々身体がぶつかった。紗希の腕。やわらかい筋肉の感触が伝わってくる。女の子の体ってなんでこんなに柔らかいんだろう。餅でできているのか? あと、何で俺って表現力が貧困なんだろう?


「で、兄さん、何時頃だったらいい?」


 紗希が聞いてきた。紗希の感触を反芻していた俺、我に返る。


「ん、ん? な、何がだ?」

「何がって、寝る時間。だって、今日から毎日、一緒に寝るんでしょ?」


 一緒に寝る……今日から……


「一緒に寝ないと体触れないじゃん。さっきスタバで話したでしょ? もう忘れたの?」


 忘れてない。全然忘れてない。忘れるわけない。


 でも……毎日?

 そりゃ確かに毎日が理想だって紗希は言っていたが、毎日でなくてもいいとも言ってた。


「お……おう。そうだったな」

「楽しみだな、明晰夢」


 ふん、ふん、と鼻歌交じりの紗希。


「そ、そっか。それは……よかったな」


 俺も楽しみだ。


「今までみたいな普通の夢だと、兄さん、すぐ唇離しちゃう」

「そ、そうだったか?」

「そうだよ。もっとずっとキスしていたいのに」


 上目遣い、口を尖らせてこっちを見る。


「現実世界では兄妹だからキスって無理じゃない?」

「そう……だな」


 何がっかりしてるんだ俺。その通りじゃないか。ラブコメ漫画じゃないんだ。義妹とそういう関係になるなんて、非常識だろ。


「だから、夢の中では、思いっきりキスしてね」

「お、おう」

「ふふ。でも、ちょっと恥ずかしいな」


 思わず紗希の口を見てしまった。あの口が……あの口で……。


 可愛い横顔だ。唇。ピンクでつややかだ。


 夢の中では……思わずキスしちゃった、て感じですぐに離れてしまった。


 起きた後、義妹とはいえ妹にそういう行為をした罪悪感で紗希の顔をまともに見られなかった。


 夢の中だったら……もっと大胆に、か。大胆ってどんなだろう。それっていわゆる……ディープキスってやつだろうか? 舌を入れるやつ? 紗希の舌ってどんな感触なんだろう。


 キスの時、紗希はどんな顔するんだろう。目は瞑るのかな。自分から舌を入れてくるのだろうか。それとも俺から入れるべき?


「で、何時がいいの?」


 そうだった、まだ返事してなかった。


「そうだな……」


 夜の11時、といいかけてやめる。

 明晰夢だぞ?

 全男子憧れの……女子との……明晰夢なんだぞ。

 そんな遅い時間まで待てるか?

 おそらく、何も手に着かない。11時まで悶々と待つなんて。


 今日はテスト初日、学校は2時間しか無かった。今11時半だ。これから12時間近く待てる自信が無い。帰ったらすぐ……して欲しい。というか、すでにもうなんか、体の一部は反応しそうなくらいだ。


「えーとだな、今日に関しては、ひ、昼間がいいな。うん、昼間だ。つまり昼寝だ」

「え? 昼寝? なんで?」

「それはだ、その……昨日テスト勉強でほぼ徹夜だったんだ。帰ったら寝よう、そう思ってた。そして明日も試験だろ? だから徹夜の予定なんだ」

「それって、悪循環じゃない? お昼間起きて、夜寝た方がよくない?」


 正論オブ正論。

 どう立ち向かう俺。やはり待つか? だいたい徹夜なんかしてないし、昼寝できるかどうか微妙だぞ。


 しかし。俺の脳内は紗希の唇でいっぱいだ。なんなら今すぐここで紗希にキスしたいくらいだ。

 夜まで待つなんて無理だ。


「ま、でも、とりあえず仮眠をとってからっていうのがいいかもね、兄さん」


 紗希が微笑んだ。


「だろ!? だよな!? 俺もそう思ってたんだよ!」

「明晰夢だと起きるタイミングもコントロールできるから仮眠に向いてるし」

「だと思ったよ!」

「じゃ、お昼ご飯食べたら、やろうね。仮眠。よろしくね、兄さん。キス、楽しみにしてるから」

「お、おう!」

「濃ゆーいキス、お願いしますね、兄さん」


 紗希がぺこりとお辞儀した。


「こ、こちらこそ、つまらないものですが!」


 何言ってんだ俺。


「あ、もうすぐお家だ」


 家が見えてきた。


「昼ご飯は私が作るよ」



 昼ご飯食べたあとは……。あの可愛い唇に……舌が……俺と……。


 俺の視線が紗希の顔から胸へ移動する。結構大きいよな、紗希の胸。あの胸……夢の中で触るのは……駄目だよな。


 さらに視線を下げる。腰から臀部。ミニスカから見える太もも。そこも触っちゃ……だめだろうな。


 俺は悶々としながら家に帰り着いた。

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