第2話 兄と妹

「父さんは再婚するぞ、貴樹ィイ!」


 高1の春、つまり去年。

 親父が再婚した。


「こんにちは、貴樹君。よろしくね」


 再婚相手の咲江さんとの顔合わせの席で、俺は驚いた。


 え? こんな美人が親父と再婚? つか、若くね? 20代前半じゃねーの?


「どうかしたかな?」

「い、いえ、なんでも」

「お母さん、て呼ぶの抵抗あるよね? 咲江さんでいいからね?」

「あ、はい」

「ほら、紗希ちゃん。ご挨拶。これから兄妹なんだからね。はい、ちゃんと自己紹介」

「……はじめまして。紗希です」

「はじめまして。御影貴樹です」


 紹介された紗希は美しかった。1つ年下ということだった。


 正直に言おう。俺はラッキーと思った。こんな美人が妹なんだ、こんなかわいい女子が妹なんだって。


 客観的に言って、いや主観的に言っても紗希は美人だ。長いまつげ、大きな瞳。リップも塗ってないのに桃色で艶やかな唇。白い肌に青みがかったロングの黒い髪の毛。


 すらりと長い脚。チェックのスカートとハイソックスの間のいわゆる絶対領域がまぶしい。絶対領域の美しさはおそらく日本一だ。俺的に。


 ドキドキした。凄くドキドキした。と同時に自分に言い聞かせた。妹なんだぞって。

 

 一緒に住むようになれば慣れるだろう。ドキドキも止まるだろう。そう思った。


 それは間違いだった。ドキドキは止まるどころか、加速。煩悩と理性の葛藤でどうにかなりそうな日々が始まった。


「兄さんて、数学が得意なんですよね?」


 今でも覚えている。ギクシャクしていた俺と紗希が打ち解けた日のこと。受験生の紗希が数学を習いに俺の部屋に来たのだ。


 部屋に来たとき、紗希はセーラー服だった。セーラー服ってのは胸のあたりがカパっと開いている。で、勉強。前屈み。すると……見える、谷間が。


「ここ、わからなくて」

「ああ……これな……これは……」


 紗希は問題と格闘。俺は煩悩と格闘。


 どうしても目線が胸元へ行ってしまう。見ては駄目だと言い聞かせる眼筋が言うことを聞かない。いや、言うことを聞かないのは俺の煩悩か。


 そんな葛藤の1時間が終わったタイミングで紗希が言った。


「よかった、兄さんが数学得意で。私、数学苦手なの。これから毎日教えてください」

「俺なんかでよければ」


 そうやって始まった学習会。


 最初の頃は敬語を使っていた紗季だったが、一週間もするとため口になった。俺も「紗希さん」じゃなく「紗希」と呼び捨てするようになった。


 で、1年後。


 紗希は俺と同じ私立高校に入学した。


 中学時代とは違い、ブレザーにチェックのスカート、そして紺のハイソックス。割と自由な校風なので、みんなスカートが短い。膝上20センチくらいじゃないのか?


 髪の毛についても権利と自由を尊重する教育方針とかで、染めようがパーマしようが問題ない。紗希も上品に茶色く染めていた。


「どう、兄さん? 可愛い?」

「ああ、可愛いぞ、紗希」

「ふふ。よかった。ね、一緒に学校いこ?」


 2人仲良く登校。


 集まる視線。そりゃそうだ。紗希は美人、俺は普通。誰がどう見ても不釣り合い。


 紗希が義妹であるという事実は学校では隠している。知っているのは教師だけだ。


 そんなわけで実の兄妹として振る舞った訳だが、俺に関しては「遺伝のバグ」「すべての劣性遺伝が兄に集中」「兄で遺伝がデトックス」など、好き放題な言われようだった。ちなみに劣性遺伝、使い方間違ってるからな?


 だが俺は気にしなかった。そんな雑音、全くどうでもよかった。


 だって俺は気がついていたのだ。


 ――紗希がサキュバスであることに。

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