第50話 とにかく可愛い
「フェ、フェロモンはズルいだろ!」
渾身の力を込めて叫んだ。
「フェロモンで強引に寝かせ無理矢理オーラを奪う! そんなの……暴力だ! 犯罪行為だよ! そんなことするんだったら……俺は文芸部をやめるっ! そして二度と萌夢ちゃんとは会わないっ!」
俺の叫びに萌夢ちゃんがビクッとなる。萌夢ちゃんの動きとフェロモンが止まった。その隙を逃さず、俺は萌夢ちゃんから離れた。
窓に突進、開放。換気。部室から消えていくフェロモン。
「……本気だからな、俺は」
乱れた着衣を整えつつ萌夢ちゃんを睨む。言葉だけじゃなく目力でも本気と訴える。
そう。これは脅しじゃない。
萌夢ちゃんは魅力的だ。正直、キスしたい、触りたい、って思う気持ちはある。
夢の中といわず現実世界でも……そういうことしてみたいと思う感情はある。
だが、無理矢理は駄目だ。俺の気持ちを無視、強引に押し倒してオーラを搾り取るなんて、そんなのは……駄目だ。
俺はオーラ製造マシンじゃない。オーラのためだけ、自分の欲望を満たすだけを目的とした暴力を許容するほど俺は寛容じゃないんだ。合意なき淫夢なんて、ただの犯罪だ。そんな犯罪を許すほど俺は甘くない。萌夢ちゃんとの接触を断つため、文芸部をやめてやる。
「萌夢、そんなつもりじゃ……萌夢はただ、先輩と夢の中で……」
萌夢ちゃんの目から光が消えた。
すがるように俺を見る。
先ほどまで赤く染まっていた顔面は蒼白へとかわり、声に力がない。
「萌夢は……ただ……先輩と……仲良くしたかっただけ。オーラは……オーラなんか……」
ふらふらと俺から距離を取る。
「ごめんね、先輩。萌夢、やっぱサキュバスだ。オーラのためだったら何でもやっちゃう悪い子……ううん、悪魔ですよね」
そう呟くと荷物をまとめ始めた。部室に置いてある自分の私物を乱暴にスクバに突っ込んでいく。
「今までありがとうございました」
パンパンに膨らんだスクバを肩にひっかける。
「楽しかったです、先輩との部活。とっても、とっても……楽しかった。いっぱいお話しして、お絵かき見てもらって。楽しかった。なのに……ごめんなさい。萌夢がサキュバスで」
目に涙を浮かべ扉へと向かう。
「先輩のいないところに行きます。安心して。もう先輩には会わないから。部活も……やめます。萌夢なんか、いない方がいいんです。先輩もオーラ狙う化け物なんて見たくないでしょ」
萌夢ちゃんの頬を涙が伝う。
——化け物。その言葉に俺の心が痛んだ。
違う、萌夢ちゃん。君は……化け物じゃない。
「いて欲しい」
「……え?」
「萌夢ちゃんに、いて欲しいんだ、俺は」
静かな旧校舎に夕陽が差し込む。古い教室の古いロッカーのひとつに「もゆ♡」と名札が付いている。
たった一ヶ月だがこの部屋は俺と萌夢ちゃん、二人の空間だった。その間、いくらでも俺を襲うことが出来たはずなのに彼女は俺を襲わなかった。
だから信じたい。俺は萌夢ちゃんを信じたい。萌夢ちゃんは化け物なんかじゃない。大事な――大事な後輩なんだと。
「萌夢ちゃんがいなくなったら……誰が部誌の表紙を描くんだ?」
「えっと……それは……」
「フェロモンさえ使わなければいいんだ。それだけだ。フェロモンで俺を誘眠しなければ問題ない」
萌夢ちゃんの目が大きく見開く。
「……ほ、ほんとう? ほんとうに……それだけ?」
「それだけ、だ」
「……萌夢、サキュバスだよ? 悪魔だよ? オーラを吸い取る……化け物だよ?」
「違う。サキュバスは悪魔なんかじゃない。化け物なんかじゃない。だから……」
長い睫毛、綺麗な二重のまぶた。鼻から口への美しいライン。
美人だ。萌夢ちゃんは。15歳なんだから美少女というべきかもしれない。
男を誘惑するためにサキュバスは美人ばかり――。
ネットに真実はないと咲江さんはいう。
俺はそれを信じたい。ただ美人、美少女なだけなのだ。サキュバスは。
すべからく猫が可愛いように、すべからくコアラやラッコが可愛いように、そういう神の造形物に違いないのだ。
「可愛いな」
「え……?」
「驚いた顔も可愛い」
「ふ、ふぇ!?」
「特に唇。言葉を発するたびに引き寄せられそうになる」
「ふ、ふええーっ!?」
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