第51話 萌夢ちゃんにかけてみたい

 素直な感想をぶつけるたびに、萌夢ちゃんの顔が朱に染まっていく。

 

「か、からかわないでくださいっ!!」

「からかってなんかない。俺が言いたいのは、こんなに可愛い萌夢ちゃんが化け物だったり悪魔だったりするわけないってことだ」


 我ながらキザな台詞であることは認識している。昔の俺なら絶対にいわなかっただろう。


 だが。紗希――サキュバスの義妹と暮らすことで俺は変わった。正確には世界に対する認識と見方が変化した。


 サキュバスにとってオーラは必要なもの。どんな手段を行使してでも手に入れる。それがネットの噂だ。


 確かに、先ほど萌夢ちゃんはフェロモンで誘惑、俺からオーラを強奪しようとした。


 だが、今まで、そんなことなかったじゃないか? いくらでもチャンスあったのに。


「俺は証明したいんだよ、萌夢ちゃん」

「……証明?」

「そう。証明。サキュバスは悪魔。男を誘惑、快楽と引き換えに生命エネルギーを吸い取り、やがて破滅させる化け物。そんなのが嘘であることを……俺は証明したい」


 紗希のためにも、萌夢ちゃんのためにも。


「どういうことですか?」

「俺さ、今まで萌夢ちゃんに誘惑されていなかっただろ?」

「……そうなんですか?」

「そうなんだ」


 スカートの奥と胸元の隙間は十分すぎるほど魅力的だった。男の本能が理性を駆逐しかねないほどであった。だが、俺は誘惑されてない。たぶん。おそらく。


「ネットによればサキュバスは見境なく男を誘惑するというじゃないか。だが俺は一ヶ月以上誘惑されていない。これだけでも萌夢ちゃんがサキュバスが悪魔でも化け物でもない証明になっているだろ?」

「でも、萌夢、さっき……」

「さっきはさっきだ。誰にも出来心はある。魔が差すっていうじゃないか。今日のことは萌夢ちゃんに魔が差しただけなんだ」

「魔が差した……だけ?」

「そう。魔が差しただけ。他の人が聞いたら変に思うかもしれない。サキュバスに甘い、と指摘されるかもしれない。あるいはサキュバスに騙されていると警告を受けるかもしれない。だが、俺は賭けてみたいんだ!」

「かけたい?」

「そうだ!」


 俺の声が熱を帯びる。


「俺はサキュバスを信じたい! サキュバスの真実に賭けたいんだ! だから、萌夢ちゃん! 俺は君に賭けたい!」


 きょとんと首をかしげる萌夢ちゃん。


「えっと……先輩は……萌夢に……かけたいんですか?」

「そう。賭けたいんだ!」

「……ふうん。萌夢に……かけたいんだ」


 ふむふむ、と頷く萌夢ちゃん。


「わかりました。フェロモンは出しません」


 よかった。わかってくれたようだ。


「……でも、先輩の夢の中には行ってみたいな」


 え?


 ちょ、待って。


 やっぱり萌夢ちゃん、オーラ強奪するの? サキュバスの真実への賭け、ロスト?


 萌夢ちゃんが微笑む。


「絶対、無理矢理オーラ奪ったりしません。迫ったりもしません。もちろん、フェロモン使いません。先輩が自分から部室で居眠りした時だけ、先輩の夢に伺います。それならいいよね?」

「よくない! 夢の中だろ? 夢の中の俺は……」

「理性がないんだ、オーラ出したくてたまらないんだ。そう言いたいんですよね、先輩」

「お、おう」


 よくご存じだな……って、そりゃそうか。


「それ、誤解です。先輩、初めて夢の中に妹さん出てきたときのこと覚えてる? 妹さんの方から迫ってきたでしょ? えっちに誘ってきたのは妹さん。先輩からは誘ってないはずだよ?」


 そういえば……そうだ。

 あの時の紗希はすごく扇情的な下着姿でベッドに横たわっていて……兄さん寒いよ、来て、と言って……俺が隣に行くと白い足を絡ませてきて……。


「夢の中だからって、男性が誘惑に弱くなるわけじゃないんです。理性も本能も、夢と現実は同じなんです。先輩は現実でも妹さんから迫られたらキスしてた。それだけなの」


 確かに……そうかもしれない。


「だから、先輩が夢の中で理性を失わなければ大丈夫です。ね? いいでしょ? 萌夢、先輩の夢に興味があるの」


 萌夢ちゃんが俺に接近、ぐいぐい顔を近づける。


「とはいえ、そ、それは……しかし……」


 そのとき、部室の扉が開いた。


「遅くなりましたー」


 姫島さんだった。

 部室の真ん中で接近する俺と萌夢ちゃんを見た姫島さんは「やっぱり仲いいね」とちょっぴり寂しげに呟いた。


「うん、仲いいの」


 といって笑う萌夢ちゃん。


「席自由なんだ。でもだいたい決まってるの。萌夢はそこ」


 俺の隣の席に座った。ニッコリ微笑む萌夢ちゃん。ここで隣に座るのはよくない。俺は逆にいつも萌夢ちゃんが座ってた席に座った。「む」と小さな声で萌夢ちゃんが異を唱えるが遅い。


「姫島さんはそこでどうかな?」


 コの字の縦棒に当たる部分の長机を指さす俺。

 コクリと頷き、姫島さんが座る。それを見届けて俺も着座した。


「なんか、この席……部長さんみたいですね」


 言われてみればそうだ。姫島さんの席は教室前方であり、普通教室であれば教卓があるべき場所だ。


「ほんとだね。じゃあ、次期部長は雪ちゃんだね。ね、先輩」


 萌夢ちゃんが笑う。


「気が早いよ。まだ5月だぞ?」


 俺が言ったのを聞いた姫島さんが笑った。つられて萌夢ちゃんも笑った。俺も笑った。


 こうして、文芸部に三人目の部員が誕生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る