第11話 幸せな気持ち

 それから、星の子は三匹と共に【黒猫耳研究室】へとやって来た。


 研究室の見る物全てが新鮮で楽しくなった星の子は、室内を飛び回りアレコレと覗き見る。三匹が星の子の動きに合わせて首を上下左右に素早く動く仕草が、あまりにピッタリで「あなた達は、兄弟なの?」などと訊ねたが、返事はない。

 それでも星の子は、さして寂しさを感じなかった。それを上回る喜びと、ワクワクがあるから。

 

 しかし、初めての場所、初めての旅立ちに疲れが出て来た。

 星の子は何処で眠れば良いのかと考えたが、ふと、自分のお家に入ってみた。

 お母さんの尾っぽの様にフカフカなベッドが「寝る場所」なのだと、すぐに分かって星の子は丸くなって眠りについた。


 どのくらい寝ていただろう。

 随分と時間が経った様に思った星の子は、ふと起き上がる。すると、部屋は真っ暗でとても静か。お母さんの香りもせず、急に寂しさが込み上げる。


「お母さん……!」


 お家から飛び出し、外へ出ようとしたが、ガラス窓に当たって出られない。


「出して! 出たいの!」


 星の子は泣きながら研究室を飛び回った。色んなモノに当たりながら、倒して、壊して、飛び回る。


「どうした!?」


 扉が開いて、明かりがつくと、そこにはさっき、彗星のお母さんと同じ香りがしたイキモノが立っていた。

 星の子は、そのイキモノに飛び付いた。


「お母さんに会いたいの」


 まるで、その言葉が通じたのか、「大丈夫。大丈夫だよ」と、優しい声色で星の子の光りが撫でられた。


 星の子は、プルプルと震えながらイキモノを見上げる。


「怖かったんだね。すまなかった。キミは星の子だから、暗い方が良いと思ったんだ。もう大丈夫」


 優しい声が、星の子の心を落ち着かせてゆく。


「キミ、と、呼ぶのは何だか他猫行儀で良くないな。キミの言葉が、私には分からないが……キミは、私の言葉が分かるだろうか?」


 その問いに、星の子は一生懸命に瞬いて「分かるわ!」と伝えると、黒いイキモノがニッコリと目を細めた。


「そうか。分かるんだな。なら、まずは自己紹介をしよう。私は猫族のクレバーだ。ここで色々な研究をしている。昨晩一緒にいた猫達は、みんな私の仲間だ。目が細い猫がカタス。私の助手だ。そして、左右の瞳の色が違う猫がセーレン。キミの家を作ったんだよ」


 星の子は、冷静や落ち着きを表す白色い光りを、ゆっくり点滅させて「分かった」と合図を送る。その合図は、ちゃんとクレバーに伝わったようで、言葉は伝わらなくても、光りで気持ちが伝わることが分かり、星の子はとても嬉しくなった。


「そうだ。キミは、ローズマリーティーが好きだったね。私もローズマリーの香りが好きなんだ。ちょっと待っていてくれ。ローズマリーティーを淹れてくるから」


 そういうと、クレバーが部屋から居なくなってしまい、星の子は何故だか急に不安になった。


「クレバー……?」


 星の子は、クレバーの後を追おうと、部屋の奥へ向かったが、扉が開かない。


「どうしよう。クレバーが戻って来なかったら……」


 星の子は、急に弱気になり涙をポロポロ流し出した。青白い光りを激しく点滅させると、白色の結晶が溢れ落ちる。扉の前を飛び回っていると、その扉が開いてクレバーが驚いた顔をした。


「どうした!?」

「クレバー!」


 星の子は、クレバーの胸に飛び込んでわぁんと泣いたのだった。



 部屋いっぱいにローズマリーティーの香りが満ちた頃。


「少しは落ち着いたかな?」と、クレバーが星の子の家を覗き込む。


 星の子は、クレバーの猫手によってベッドへ戻されていた。


 可愛いお家は縦半分に開き、クレバーの姿が良く見える。安心した星の子は、ベッドの中からクレバーを見つめていた。


「今から、キミに似合う名前を選ぼうと思ってね」と、本棚から一冊の本を持って来た。


「これは、色んな場所に暮らしていた猫達の言葉が載っているんだ。猫語にも、様々な言葉があってね」


 クレバーはそう言いながら、時々、星の子を見ては本を捲り、一つ一つノートに書き出していた。


 なまえ、と聞いて、星の子はハッと思い出した。ここへ来るまえに、お兄さんお姉さん星に言われたこと。さっきまで、すっかり忘れていたが、思い出して嬉しくなった。


「あたし、ずっとここに居て、いいの?」


 クレバーには、星の子の声は聞こえていない。

 星の子は、ベッドから飛び出して、クレバーの周りをクルクルと飛んだ。


「どんな、なまえがあるの?」と、覗いてみたが、クレバーか話す言葉はわかるのに、文字はわからなかった。

 すると、クレバーがそれを察した様に、ひとつ、ひとつ声に出して読み上げてくれたのだ。その中から、ひとつ。星の子が気に入った響きがあった。


「たしか、最後から二番目のなまえ……これかな?」


 星の子が「ルル」という文字に印を付けると、クレバーは驚きつつも嬉しそうに「ルル」と名前を呼んだ。

 名前を呼ばれると、何とも言えない嬉しい気持ちと幸せな気持ちが溢れ出す。

 星の子は、お姉さん星が言っていたことは、こういう事なんだと思った。

 桃色の光りを放ちながら、星の子はクレバーにピッタリとくっついた。


「クレバー、ありがとう。あたし、クレバー大好き!」


 それが伝わったのか、クレバーは桃色の光りを優しく撫で、たくさん名前を呼びながら話しかけてくれた。


 いつの間か寝てしまったのか、目が覚めると半分に開いていたお家が閉じていて、クレバーの姿が見えなかった。星の子は急に不安になってお家を飛び出した。お家の前には、クレバーじゃない猫がいて驚いて飛び回る。


「ルル!」

「クレバー!!」


 星の子がクレバーの胸に飛び込むと、誰かの声がした。


「え……? 教授?」

「ルルって? カタス、ルルって、その子の名前なの?」


 星の子がそぉっと声の方を見ると、昨晩一緒にいた猫達だと気が付いたら。


「あ……ごめんなさい。あたし、驚いてしまって……」


 クレバーが二匹の猫に星の子の名前を説明すると、二匹は納得をしたのか何度も頷いた。

 でも……。


 クレバーの姿が見えないと、不安になって探し回った話をされて、左右の瞳の色が違う猫に笑いながら「甘えた」と言われ、星の子は少しの恥ずかしさと、赤ちゃんみたいに言われた事にムッとした。


「あたし、甘えたじゃないわ! 赤ちゃんじゃないもの! 初めての場所で、ちょっと寂しくなっただけだもの!」


 と、抗議をした。すると、クレバーが的確に星の子の感情を読み取って伝えると。


「えぇ!? ごめん、ごめん。甘えたじゃないよね、知らない土地にきて、寂しいだけだよな? あれ? 寂しがり屋だって、甘えたと同じ意味か? あれ?」


 首を傾げとぼけた顔をする猫に「それだって同じよ!」と抗議すれば、隣に立った大きな猫が星の子の名を呼んだ。


「あははは! ルル! 大丈夫。もう寂しくないよ。これからは、僕達が一緒だ! 僕の名前はカタス。よろしくね、ルル」


 早速、名前を呼んでくれた事が嬉しくて、星の子は、カタスの前でキラキラと友好の証として黄色い光りを点滅させた。


「ありがとう、カタス。よろしくね」と、挨拶をすれば、左右の瞳の色が違う猫にも挨拶をされた。


 でも、セーレンは星の子の名前ではなく『甘えたちゃん』と呼んだのだ。

 星の子はムッとして「もう! セーレンとは仲良くしてあげない!」と、そっぽを向くと、セーレンが驚く事を言い出した。

 なんと、自分のお家を作ったのがセーレンなのだと。


 星の子は、びっくりしながらも、クレバーが言っていた言葉を思い出した。確かに、そんな話を夜にしたと。しかし。


「それとコレは別よ!」


 と言いながら、お家の前では桃色の光りを。セーレンの前では「ちゃんと名前で呼んで!」と抗議しながら赤い光りを点滅させた。


 でも。


 なんて幸せなんだろう、と星の子は思っていた。

 たくさんの兄妹がいて、いまはたった一つの光り。

 だけど、すぐに優しくて楽しい仲間が出来た。


「お母さんに知らせなきゃ。あたし、とってもステキな仲間が出来たって。たくさん、たくさん輝いて、伝えなきゃ!」


 星の子と三匹の猫達は、今夜も賑やかな夜を過ごす。


 これは、海の近くにある、とある田舎町のお話し。


 人間が寝静まったころ、この町では不思議な出来事が起きている。


 でもそれは、だぁーれも知らない。

 だぁーれも、見たことのない、不思議で、秘密の出来事。



番外編 おわり

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黒猫耳研究室 〜黒猫と星の子の秘密〜 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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