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「行方不明者届」を出した日の夕暮れ、夏美さんが再び我が家を訪れました。

 涙ぐみながら、夫の行方不明に対する不安を吐露する彼女に、私はしばらく言葉が見つかりませんでした。

 彼女の心の重さを感じながら、ただそばにいることしかできなかったのです。


 その夜、私は過去を思い返していました。

 和弘さんがまだ幼かった頃、彼は優しくて夢見がちな子供でした。

 しかし、私の期待とプレッシャーが彼を変えてしまったのかもしれません。 

 女手ひとつで和弘さんを育てるため、仕事に打ち込み、逆に一緒にいる時間が減っていった私の姿勢が、彼の心にどれほどの影を落としたのか。

 私は自分の過ちを痛感し、彼を探しに行く決意をしました。


 翌日、和弘さんがよく通っていたという酒場に足を運びました。

 そこで店主から聞いた話は衝撃的でした。

 和弘さんは、ひどく酔い潰れた夜に店を出た後、誰にも行き先を告げずに姿を消したというのです。

 その後、私は街中を探し回りましたが、彼の手がかりはどこにも見つかりませんでした。


 それから数週間後、私は彼が学生時代によく登りに行っていた山の中で、和弘さんの遺体を発見しました。

 彼は事故に遭ったのか、それとも意図的なものだったのか、真相はわかりません。

 しかし、その時、私は息子を見捨てることはできないと感じ、彼を静かに連れ帰って、紫陽花の根元に埋葬することにしました。

 彼が大好きだった花の下で、永遠に眠らせることができればと願って——。

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「紫陽花・完全版」 成阿 悟 @Naria_Satoru

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