第2話 目覚めのとき
??? 高柳泉
悪夢から一刻も早く目覚めたい。そう願いながら意識を飛ばしたせいだろう。わずかに覚醒しかけた意識の中で、身体が急速に反応した。
ビクッと上半身を起き上がらせて、額に浮かぶ大粒の汗を拭う。
そうこうしていて気がついたが、俺が今いる場所は寝る前にいたはずの部屋では無い。俺の下にある何かは異常に硬く、まるで木の上に直接寝転がっていたかのように背中が痛み、その上尋常で無いほどに埃っぽいのだ。
「・・・まだ夢の中にいるのか?」
口を開いて余計に感じる。
ここはまともに掃除がされていない場所のようだ。少し動いただけで最早黒とも呼べるほどに汚れた埃が舞い、また汗ばんだ身体に酷く張り付いてくる。
これほどまでに気持ちが悪いと思ったことは無いほどに不愉快な環境だ。
「・・・夢の中、だよな?」
やけにリアルな身体の感覚と意識の持ちよう。これが夢だというのであれば、果てしなくリアルで、現実と夢の境界など曖昧になってしまうとすら思わせられる。
だからこそ、俺は夢の中で出会った2人の龍神の会話を思いだしたのだ。
「たしかあの爺さんは、俺を恵楽御城とかいうほとんど詰んだような城に送り込むとか言っていたよな?場所はたしか兵糧庫。つまり倉庫、か」
屋根のすぐ下辺りにある小窓より僅かばかりの光が差し込んでいる。蔵の全容は分からないが、それでも足場と照らされている範囲とその周辺くらいは目視することが出来た。
「俺が寝ていたのは何かが入った木箱だが・・・。これは釘で頑丈にとめてあるから開かない。そっちは米俵か?随分と大量に積み込んであるから、やっぱり籠城戦に備えていたのだろうか。で、こっちが」
何やら布がかけられた木箱を見つけ、興味のままにその布を取り払った。わずかばかり光が届かない奥まった場所であったため、箱を引っ張り光の差す位置まで持ってくる。
そして気がついた。
これはかつて歴史の授業で見たことがある、焙烙玉のようなもの。つまりは爆弾。
火気厳禁であることを思いだし、火が起きる可能性のあるものを持っていないか慌てて確認してみたが、そもそもこれが夢で無いと言うのであれば、寝間着と身体1つで突然よく分からない世界に放り込まれたことになる。
都合良くスマホなども持ち合わせておらず、さらには何かしら役に立ちそうなものすら無い。本当に身一つでこのような場所に放り込まれたのだと、俺はようやく理解した。
「・・・あんのくっそ爺」
しかし興味本位で蔵の中を動き回ったのが良くなかったらしい。そのせいで、俺が来るまではずっと大人しくしていた埃が宙を舞い、俺の鼻やら喉をひどく刺激したようだ。
我慢しようにも、もう手遅れなほどに舞い回る埃がそれを許してはくれない。
必死の抵抗も空しく、俺は盛大なくしゃみをかましてしまった。
同時に蔵の外が一気に騒がしくなる。明らかに俺のくしゃみに反応したようであった。
「し、しまった!?こんな場所で捕らえられでもしたら、間違いなく問答無用で殺されてしまうぞ!?」
あの龍神との夢の中、最後に聞こえた声が言っていた。すでにこの世界で42人が転移され、そして殺されていると。まさか43人目の俺は、まだ物語が始まってもいない段階で始末されてしまうのか!?
あのくっそ爺はたしかに言っていた。この物語を完結させることが出来れば、俺を元の世界に戻してやると。
もし完結しなければどうなる?俺はまだ何も成していない。才能開花すらも実感が無く、どうしたって助かる道筋が見えてこない。
俺はこんなにあっさり、そして惨めに殺されてしまうのだろうか・・・。そんなのは絶対に嫌だ!
恵楽御城
「使者はなんと?」
「李家当主にお伺いを立てる時間くらいは待つことが出来ると。その使いを城から出すというのであれば、包囲を一時的に解いてやっても良いと言うておりました」
「私がこの城を抜け出せば、きっと一夜も経たぬ内に総攻撃を仕掛けてくるのでしょうね。晋華の者達はそうやって小さき者を喰らってきたのですから」
しかしそれでもおおっぴらに非難する国が現れないのは、晋華が大陸一栄えた帝国であるから。そして現在の帝は気に入らないことが起きればすぐに兵を動かす粗暴者。
帝国一の忠臣と言われた父様を裏切り、こうして領内に攻め入ってくるような輩には決して頭を下げるつもりは無い。
そんなことをするくらいなら正々堂々と戦い、最期は華々しく城と運命をともにするだけ。
それだけの覚悟を持って私は恵楽御城に入った。
しかし蓋を開けてみればこのような有様。帝国は圧倒的な兵力を揃えておきながら、いつまで経っても攻めてくる気配がない。
さらに言えば何度も降伏の使者を寄越してきて、無傷で城を得ようとしている。
すでに落ちた李領の城は悉く破壊され、籠もっていた者達はたとえそれが兵でなかろうとも皆殺しにされてきたというのに。
「おそらくですが、あちらは我らの兵糧が尽きるのを待っているのでございましょう。兵糧が尽きてしまえば、籠城兵は何も食べられる物がありません。外から確保することも出来ぬでしょうし、あとは容易く城が落ちるとでも踏んでいるのやもしれません」
恵楽御城の城主、
「他にも何か言いたいことがあるのでしょう?今さら隠してもしょうがない。正直に言って」
「・・・」
「孔賢。これは命令よ」
「使者曰く・・・」
孔賢は一度は口に出しかけたものの、それ以上は言葉がどうしても続かない。今まで以上に悔しそうな表情をして、拳に尋常で無い力を入れて歯を食いしばる。そんな姿を見て、なんとなく察するものがあった。
「孔賢」
「・・・はっ!晋華帝、
「・・・やっていることがまるで外道ね。側妃として迎えられたとして、私はきっとあの男に奴隷のような扱いを受けるのでしょう。そのうえ、李家を継ぐはずだった白廉兄様と、お側で支えていくはずだった紅林兄様の首を帝国民にさらし上げることで、徹底的に李家の権力を奪おうとしている」
そのような条件、決して認められるはずが無い。私が辱めを受けるだけで済むのであればと一度は考えたことがある。
それで李家領に住まう何十万の民を救えるのであればと。しかし現実はいつも非情であった。
もう帝国にとって何百年と皇帝を支えてきた李家は無用の存在に成り下がったのだと。ならばいっそのこと・・・。
「使者を丁重にもてなし、その後無事に敵陣へと返すのです。決して非礼を働かぬように」
「はっ」
「すでに多くの民が、多くの臣が殺されているわ。今さら私だけ生きる道を選ぶことなどあり得ないから」
「いつまでも我ら恵楽御城の城兵はお供いたします」
「辛い役目を与えてしまったわね」
「いえ」
使者の元に向かう孔賢を見送った私は大きく息を吐く。
兵糧攻めをしているのであれば、まだあの者達が攻めてくるまで時間があるはず。その間にどうにか状況を打開、あるいは帝国兵の兵站を圧迫するほどの時間稼ぎをする術を考えなくては。
ただで負けてやることなど、絶対にありえない。
そんなことを考え、未熟な頭を回転させ続ける。しかしそんな私を邪魔するかのように、外の方が僅かに騒がしくなっていた。
「お嬢様!蔵に珍妙な格好をした間者らしき者がおりました!今、蔵の守兵らが縄をかけて捕縛しております。如何いたしましょうか?」
「蔵に間者が?いったいどうやって入ったというの?」
「見張りの者は間違いなく入り口に立っていたと複数の兵が証言しております。ですがその間者は間違いなく蔵の中から出て来ました」
「・・・兵が逃げ出し始めているということでは無いのね?」
「少なくとも今のところ、そのような報は聞いておりません」
それならばまだ安心は出来る。
しかしそうなると余計に不可解なのが、どうやって見張りを置き続けていたはずの蔵に侵入したのかということ。
このような時に時間が割かれてしまうのは惜しいところではあるけども、私の勘が強く告げていた。
この事態は決して雑に扱って良いものではないのだと。
「その間者をそこに連れてきなさい。私自ら尋問するわ」
「かしこまりました!」
・・・最初から荷に紛れていたのか、あるいは一部がすでに帝国側に寝返っているのか。いずれにせよ、間者に聞けば全てわかる。
内部から崩そうったって、そうはいかないわ。
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