机上の軍師 ~異世界転移先は、隣国の帝国軍に包囲された激やばジリ貧領主の小城要塞だった~

楼那

神仙管理惑星No.11【戦乱 帝国存亡と龍神信仰】

恵楽御城の戦い

第1話 龍神と夢

 マンションのとある一室  高柳たかやなぎいずみ



 大学入学式を翌日に控えた俺は自室のベッドの中で天井を見上げていた。わずかな緊張感にさらされながらも、あふれ出る高揚感をどうにか抑え込みながら眠りにつこうと努力する。

 しかし目を瞑れば、次々に華々しい大学生活の妄想があふれ出してきて眠れやしない。


「あぁ~眠れねぇ」

『眠れぬか。ならばワシの話を聞くがよい』


 ただの独り言のつもりだった。

 そもそも一人暮らしを始めるために借りたこの部屋。入学式に参列してくれる両親は、明日朝一の高速バスでやって来る。

 友達などまだいるはずもなく、当然部屋の中には自分しかいないはずだ。

 にも関わらず、脳裏に直接語りかけてきたような。声の発生場所は耳元であったような気もした。

 しかしそれを確認しようにも、何故か身体がピクリとも動かない。


「だ、誰だ!?」

『ワシじゃよ、ワシ。しっかりと目を開いて見れば、目の前に見えるであろう?』

「目の前にって・・・」


 しかし目を見開くことを意識してみれば、真っ暗闇の中にいたはずが途端に明るく開けた場所へ移り変わった。

 このあまりにも不思議な現象に声も出ない。というよりも、不思議なことに発せない。一瞬パニックに陥りかけるも、これは夢なのだと割り切ることでどうにか冷静な自分を取り戻すことが出来た。

 その冷静さにより、声の主と思われる人物の姿を捉えることにも成功する。


『見えたであろう?若造よ』

「初対面相手に若造って・・・。あんたはいったい何者だ」


 思いもせずに声が出て驚く。しかし声の主は白く長い顎髭を撫でながら、何やら言いたげな表情でこっちを見ていた。


『このワシに向かって"あんた"とは、またずいぶんな挨拶ではないか。明日から華々しい大学生活を送るつもりであるならば、その口の悪さは直すべきよ。まともな友が出来ぬ』


 余計なお世話だと言いたい気持ちを抑えたのは、故郷で似たようなことを高校の担任に忠告されたからかもしれない。

 いや、そんなことよりもこの声の主は随分とおかしな姿をしていた。頭には立派な角があり、腕や顔は鱗のようなものに覆われている。さらには尻辺りから生えているであろう立派な尾がゆらゆらと左右に揺れており、それはまるで龍のような。そんな容姿であった。


『ふむ。あまり言い返してこぬのか。つまらんの』

『それは龍神様の口調が説教臭いからでございます。早々にこの人間に用件を伝え、かの者の窮地を救いに行かせ、龍神様が綴る物語を動かしませんと。他の神仙様がたは、龍神様の物語が完成する日をそれは心待ちにしておられます』


 龍神様?窮地?そして神仙様?

 光とともに現れた女型の龍人は、こちらを軽く見た後に龍神様と呼ばれた男、というか爺さんに強めの口調で言葉を発した。

 完全に置いてけぼりの俺など眼中に無いようで、少し腹立たしい感情に襲われる。しかし苦情を入れようにも、今はまた身体が少しも動かない。声も出ない。視線すら龍人2人から外すことが許されない。


福貴ふっきは口うるさくてかなわぬな。さすがは神仙三天の末席を預かる彼奴の孫娘よな。まぁその話はよいか。さて、若造よ。早速であるが、おぬしの大学生活は一時お預けとさせて貰う。おぬしがこれから行く世界で確かな成果を残し、ワシらの期待に応えることで元の世界に返してやると約束しよう』

「お預け!?なにを勝手なことを!?」


 声が出ないから、そう強く念じただけのつもりだった。しかし今度は問題も無く、龍人に対して抗議の言葉をぶつけることに成功する。

 しかし声が出たことに自分で驚いて、言葉尻が変に上ずったことが妙に恥ずかしい。


『若造には他の地球人にはない、特別な力が秘められている』

「と、特別な力?そんなもの、俺は持ち合わせていないが」

『異世界に行けば才能は自然と開花する。ワシらはそれをギフトと呼んでおるが、実際に異世界に送られねばどういった才能であるのかまでは分からぬ。もしかするとまったく使えぬものやもしれん。その場合は気落ちせず、本来の目的を果たして貰いたい』

「いやいや。そもそも異世界って、そんなアニメの中の話じゃあるまいし。魔法の世界にでも飛ばそうっていうのか?」

『残念ながら魔法の世界では無いのぉ。ワシの担当はもっと荒々しい世界じゃ。これを見るが良い』


 龍人の爺が指をパチンと鳴らした途端、突如として空間が激しく歪み始める。

 そして歪みが徐々に矯正され始めると、どこかを空から見下ろしたような映像にゆっくりと切り替わっていった。


『これは神仙管理惑星No.11【戦乱 帝国存亡と龍神信仰】のとある一幕である。この恵楽御城けいらくごじょうは華北地方の旧帝国領内にある最大の要塞であり、とある領主にとって最も重要と位置づけられている拠点じゃ。そして城を取り囲む大軍勢が【戦乱 帝国存亡と龍神信仰】における最大勢力、晋華しんか帝国である』

「その横の女(?)の話から察するに、あんたらが俺を送り込もうとしているのはまさか・・・」

『理解が早くて助かるわ。おぬしはこれからあの恵楽御城内にある兵糧庫に転移されるであろう。これによりワシの綴った物語が再び動き始めるのだ。ワシが若造に期待することはただ1つ。この物語を若造なりに完成させて、他の神仙らを納得させること』

「・・・それはいったい。それに物語の完成って何がっ!?」


 しかしまた声が出なくなる。龍人ら2人は光に包まれ、徐々に形が崩れていく。刹那、俺の足下がグラグラと揺れはじめ、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 助けを求めようにも声も出なければ、手足も動かない。

 これはきっと悪い夢だと強く願い、早く目が覚めるよう祈る。現実の俺が目を覚ましてくれれば、きっと目覚めは最悪であろうが、それでも待ちに待った大学生活がやってくる。

 あの意味の分からない龍人らはただの夢だ。きっとどこかで見たアニメか漫画にでも出て来たのだろう。

 そう思いながら、落下する身体を庇うこともせずにただボーッと意識が遠のいていくのであった。




『伝え忘れていました。あなたは龍神様の物語を構成する駒の1つ。この【帝国存亡と龍神信仰】に関して、すでに42人が転移され、役目を果たし切ることが出来ずに命を散らしました。あなたが同じ道を歩まないことを願うばかりです』

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