第4話 ギフトの開花

 結局俺は囚われの身となった。

 即座に殺されなかったのは命拾いしたと思うが、だからといって状況が好転したかと言えばそういうわけでもない。

 間者の疑いは未だ晴れておらず、仮にこの城が陥落すればその時に帝国兵に助け出してもらえばよいという曖昧な裁定を受けたのだ。

 この城には牢が無いとのことで、外から施錠することが出来て、尚且つ外に出る手段がその施錠できる扉の1つしかない書物庫に閉じ込められることになった。


「…とりあえずは命拾い。でもこのままだとなぁ」


 俺が協力したとしても、ギフト次第では普通に落城する危険にある。そもそも俺がどんな最強能力を有していたとしても、この状況を打開できるとは到底思えない。

 相手はこの大きな城を余裕で囲い込めるだけの兵力を有していて、一方でこの城に籠るのは正規の兵と付近に住まう領民たちわずか数百ほど。戦力差があまりにも圧倒的であると、外から聞こえてくる会話から推測できる。

 ならばこの物語はこの城の城主勢力ではなく、帝国を中心に進んでいくということなのだろうか。

 そもそもあの爺は物語を完結させよと言っただけで、この城の者たちと窮地を脱せよとは言っていなかった。

 城内に転移されたから、勝手にそう思い込んでいただけに過ぎない。

 つまり俺の本来の役割は恵楽御城の落城を防ぐことではなく、帝国側に入り込むことだったという可能性が浮上してくるわけだ。


「…そう都合よくいくわけないよな。あの男の話を聞いている限り、帝国の立ち振る舞いはまさに傍若無人。素性の知れない俺を助けて、さらに味方としようなどと動くはずがない。そもそもさっきの転移者云々の反応の悪さから見て、42人の転移者は同じスタートラインに立っていたのではないか?つまり転移者が死ねば、物語は振出しに戻る?」


 やっぱり無理ゲーでクソゲーだ。あの爺は最初からこの物語を完結させる気が無いのか。

 そもそも何十人も失敗して死んでいるのであれば、さっさと修正を入れろと言いたい。

 これは〇ロムゲーじゃないんだぞ。たしかに転移者によってやり直しがきいているのだろうが、そのプレイヤー1人のライフは実質1つだけ。俺だったら即刻返金対応を求めるほどに、あまりにひどいゲーム設定だ。


「…いったいこの結論にたどり着いた前任者は何人いたのだろうか。帝国ルートと恵楽御城軍ルート。ここがおそらく物語最初の重要な分岐であり、転移者の人生を大きく決める選択肢となる。もう後戻りができないうえ、命すらも賭ける一大決心、か」


 そうと決まればやることは1つ。

 どちらの選択肢のほうが生存確率がより高まるかを考えなくてはならない。幸いにもここは書物庫だ。

 なぜかこの地の言葉も文字も理解できた俺は、まさかそれがギフトなのかとびくびくしながら傍にあった1冊の本に手を伸ばす。

『恵楽風土記』と書かれたそれは、この恵楽という地の歴史から何からすべてが記してあるようであった。

 最初にわかったこと。この恵楽は華北地方と呼ばれている帝国北方領の一部だったそうだ。この地の領主一族李氏は、晋華帝国の初代皇帝が帝国建国を宣言する以前からの付き合いであり、元々は小国同士の同盟関係にあったらしい。

 そして帝国が成り、李氏は華北地方のさらに北方からの脅威に備えるために帝国に従った。李氏は最も長く帝国に仕えた一族の1つであり、帝国の宰相を最も多く輩出した一族でもある。

 しかしここ近年になり主従関係が急速に悪化。

 李氏の先代当主は宰相の役目を突如として辞しており、恵楽の領主としての地位のみを残して帝国の中枢から排除された。以降、北の巨大国家である海興かいこう王国からの圧に耐えながら細々と領地を守っていたとのこと。

 また元々李氏は華北地方の沿岸部を有していた一族であったため、沿岸部の都市開発を積極的に行っており、湾内には複数の巨大港を有している。

 港を利用して銀や銅を貿易で稼ぎ、国内を潤しているらしい。

 その貿易の主な取引が、恵楽領内にある豊富な鉱物資源。

 風土記には帝国がこれを独占するために李氏との関係をあえて悪化させたとある。縁を切り、討伐をすることで直接この地を支配しようとしたわけだ。


「…帝国か、恵楽勢力かで迷っていたけど」


 これは正直帝国側の分岐に進みたくはない。人として当然の感情が、この風土記のページをめくるたびに湧き上がってくる。

 そもそも帝国領は広大で、この恵楽の地を奪わなくても豊富な鉱物資源を数多所有しているとのことだ。それでもいち領主が帝国の手出しが出来ぬ場所で莫大な富を生み出していることが納得できぬのだろう。そこで難癖をつけて李氏を帝国の中枢から追い出した。そして今や兵までも差し向けてきている。


「泥船感があまりにも強い、が…。李一族を助けたい想いは強くなる一方だよなぁ。そんでもまずは自分の命が大事。もう少し何か生き残るために有用な情報を探してみるか」


 とりあえずこの風土記は手元に置いておこう。まだ読み切れていない上に、生き残るうえで非常に重要なことがたくさん書いてあるように感じた。

 それに何度も取りに来るのも面倒だしな。


「あとは…。これとか面白そうか?ってか本当になんでもあるな。さすが書物庫」


 書物に没頭すればするほど、自分に命の危機が迫っていることを忘れられる。おかげでより冷静にこの世界のことを知ることが出来た。

 うすうす感じていたが、この世界はおそらく地球の中国やその周辺を参考に作られているらしい。地図を見た感じ、中国の群雄割拠時代を彷彿とさせるように大小さまざまな国家が入り乱れている。またそれ以外にも俺の中ではカタカナで表記されている国家も存在し、友好・敵対関係があるらしい。

 晋華帝国はそれらの中でも最も強大な勢力とのこと。だがこれは晋華帝国の自称であるらしい。明らかにこの『大陸史全典』の著者は帝国を恨む人物だと思う。

 ちょくちょく帝国に対する皮肉や嫉妬、ときには憎悪が読み取れた。

 だがそれよりも興味を引いた書物があった。それが今手元にある『龍神伝説 ー大陸の創成と信仰ー』なる書物。

 さっきもそうだったが、あの龍神はこの世界の創成神であるという。恵楽御城の人々からは随分と信仰を集めているようにも見えた。一方で帝国は龍神信仰を破壊したみたいな話だった。

 いったい彼らはどのような存在なのか。

 1ページ目をめくると、そこにはあの爺とそっくりな絵が描かれている。

 創成神『焔禍えんか』は大陸の父であり、焔禍の異母妹にあたる『汝閃じょせん』は大陸の母である。また焔禍の右腕として国に豊かな土壌を与えたのが豊穣神『福貴ふっき』と呼ばれている。

 この福貴、あの夢の中で俺を睨んでいた女型の龍人とそっくりだ。

 龍人伝説曰く、この焔禍と汝閃は晋華帝国の北西に位置する神霊山という場所で生まれた。当時はまだその山だけがあり、というか小島の中にある山であり、周辺はそれはそれは大きな海だったらしい。

 これを焔禍と汝閃が大陸へと変化させ、その最中に福貴なるものを従えたとのこと。

 この神霊山と呼ばれる山は現存しており、その周辺地域は龍神信仰に熱心な者たちによって神霊しんれい国という名で治められていたのだが、のちに帝国が龍神信仰の破壊を宣言したために神霊国は分裂。

 今では親晋華帝国派である竜頭りゅうとう連合、親海興王国派である龍尾りゅうび連合、中立派であり最も熱心な信仰勢力である龍体りゅうたい連合の3つとなっている。

 ページを読み進めていると、何かがぺらっと床へと落ちる。どうやら間に挟まれていた紙のようなのだが、部屋が暗くなり始めていることもあり夕焼けが小窓より差し込む場所へと移動してその紙を確認した。

 そこに描かれているのは、なぜそんなものを挟んでいたのかは不明であるが、この恵楽御城の周辺地図のようなもの。それもわりと詳細に書かれているようで、あの夢の中で上から見た景色とほとんど一致しているように見える。

 だがよく見ていて気が付いた。城の北側にある天然の堀部分に何やら汚れがあった。それを拭おうと、右手の人差し指を押し当てる。

 その瞬間のことだった。俺の視界が突如として変化する。これはまるであの時と同じような…。

 そして歪んだ景色が落ち着き始めて、俺は改めて驚愕した。


「これは…。まるでスマホのマップ機能じゃないか!?」


 この城の外には出ていないから、今見ている景色が俺の触れた場所なのかどうかはわからない。

 しかしどう考えてもこれがギフトだ。使えるかどうかはさておき、ようやく開花した才能を見つけることが出来た。

 とりあえずこのギフトがどういったものか探る必要がある。視界の右側にはいくつかのアイコンが見えており、視線移動でそれらを押すことが出来る。

 とりあえず×を押して、元の視界に戻すことが出来た。そもそも使い慣れたスマホ機能であるから、ある程度勝手がわかるというのもよい。


「まずは確信を得るところからだ。城内の景色であれば多少は覚えている。それに歩き回らされたから、あの蔵の位置もそれとなくは覚えているぞ」


 地図からおおよそ蔵があった場所を探し出し、そしてここだと思った場所を指で触れた。

 するとどうか。

 また視界が歪んだかと思えば、俺がぼこぼこにされて捕らえられた場所が映し出された。どうやらリアルタイムの映像であるらしく、蔵の警備がずいぶんと厳重にされたうえで、多くの兵らが蔵へと出入りしているさまが見える。

 これは間違いなく才能の開花。

 俺のギフトはマップと監視カメラの機能。使えそうな、そうではなさそうな。しかしギフトがはっきりしたことは喜ぶべきことだと思う。

 あとはこれの有用な使い方を考えればいいだけだからな。


「…いや、これ実は最強じゃないか?うまく使えば、戦場の全域を1人で監視することが出来る。これの有効範囲が無いのであれば、大陸全土も監視することが出来るってことか?」


 なんだかとんでも無いギフトを引き当ててしまったような気がする。だがそれよりもまずはこの牢から脱出しなければ。

 それと同時に俺は決心した。俺がつくべきは恵楽の領主、李氏一族だ。この力があれば、敵の城攻めを効率的に跳ね除けることが出来るはず。それを信じてもらうために、まずは手土産が必要だな。

 とりあえず帝国軍の動きを探るとしよう。そして飯が運び込まれるタイミングで交渉開始だ。

 俺を傍に置くことの有用性を示せば、きっと牢から出られるはず。

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