第3話 龍神と転移者
恵楽御城 高柳泉
(出でよ、火球。解けよ、縄。ウィンガーディアム…)
後ろ手に縄をかけられ、物々しい雰囲気の中で俺は連行されていた。爺が言っていた才能の開花に期待して色々脳内で言ってみるが一切体に変化は生じず、むしろ突如として廚二病になった自分に嫌気がさしてくる始末。
俺はいったいこれからどうなってしまうのかという不安に駆られつつ、どうにかこの状況から脱出することができないかと頭をフル回転させていた。
「炎を纏い、敵を焼き付くせ」
「何をブツブツ言っている!」
「…なんでもありません」
さっき1発殴られているからか、身体が異常なまでに強い反応を示す。正直頬は痛く、きっと派手に腫れているはずだ。
ただその痛みもさほど気にならぬほどに、死への恐怖が勝っているのが現状だった。
正直ここで何かしらの才能が開花しなければ、俺の転移人生は積むのだと思う。あまりに無理ゲーで、爺らは相当な無理難題を押し付けてきたのだと今さらながらに恨み言を口にしたくなる。
そんなことをすれば、また無駄口をたたくなと殴られるのだろうが。
「…俺はこれからどうなるのでしょうか?」
俺にかけられた縄の先を持っている男は、蔑むような視線で俺を見ている。そして小さく笑った。
「間者は敵に見つかればそれで終わり。帝国はそうやって諸外国の間者を大勢殺害し、そして見せしめとして帝国内を晒し歩く。惨いことだ」
「…」
「この無念を晴らすためには、同じことをしても足らぬくらいだ」
あまりの憎悪の強さに思わず足が止まってしまう。
だがその男はお構いなしに縄を強く引っ張った。「歩け」というあまりにも冷たすぎる声色によって、俺の足は再び動き始める。
しかし確信した。
このままいけば、俺は本当に殺されてしまう。それも人が考える中で最も残忍な方法で。
どうにか逃げなければならないのだが、その手段がどうにも無く、妙案すらも思い浮かばない。
「だがおそらくそうはならぬのだろう。お嬢は敵にすら情けをかけられる」
「お嬢?」
「そら、ついたぞ!そこに跪け!」
俺の問いに答えてくれることは当然なく、どこかの部屋の前の庭へと連れていかれた。
すでに庭を囲むように大勢の人間が待ち構えており、その中央には1人の女性が椅子に座っている。その女性はおそらく俺と同じくらいの年なのであろうが、すさまじいほどの貫禄があるように見えた。
「そのほうが蔵に潜んでいたという間者か?」
「ひ、潜んでいたわけではありません!ただ気が付いた時にはあの場所にいたというだけで」
必死に弁明を試みようとしたのだが、話し始めた直後、後頭部に重たい衝撃が加わる。思いっきり何かで殴られたような。
気を失いうかと思うほどの衝撃に、思わず「うっ」という声を漏らして前のめりに倒れかけた。
しかし縄がかけられているせいで、倒れて衝撃を逃がすことすら許されない。
「
「はっ」
「いくら侵入者であるとはいえ、まだ帝国の間者と決まったわけではない。手荒なことはしないように」
「…申し訳ございません。ですがこの者は間違いなく敵方の間者でございます。蔵の中は酷く荒らされており、特に武器や火器がしまってある場所が重点的に—――」
本当は反論したい。
しかし身動きが取れない今、また殴られでもすれば意識を飛ばしてしまうかもしれない。
聞かれたことだけ答えるべきだと、脳が判断を下す。これ以上の殴打は、平和な日本で暮らしてきた俺にはとてもじゃないが耐えられない。
そもそも後頭部の痛みがずっとひかないのは、殴られた衝撃で頭がかち割れているのではないかとすら思ってしまうほどだ。
幸いにもこの城を取り仕切っているのであろうこの女性は暴力容認派ではないらしいし、大人しくしておけばそうそう殴られたりはしないはず。
というかそう信じるしかない。
「それも含めてこの場で確認するのです。さて、そこの侵入者」
「は、はい」
「気が付いた時というのはどういう意味ですか。あなたの意志で蔵に侵入したのではないのですか?」
「…それは」
「それは?」
ここにきて、1つだけ大きく後悔したことがある。くっそ爺に先にちゃんと聞いておくべきだった。
この世界の人間が転移者なる存在をきちんと把握しているのかを。もし把握しているのであれば、それをこの場にいる全員に伝えてしまえばよい。
身勝手な龍神らによって俺がこの地に派遣され、窮地を救うように命じられたと。さすれば即座にこの縄は外され、俺は窮地を救うためにやってきた英雄として歓待されるはず。
しかしもし転移者という存在が認知されていないのであれば、ただ頭のおかしな奴という評価を下されてしまうだろう。
俺だったら間違いなく関わりを持とうとしない。これは断言できる。
「…」
「どうかしたかしら。早く話しなさい。私たちにはあまり時間がないの」
俺がためらっているからか、目の前の女性は急かす様に言葉をかけてくる。周りも「やはり間者だったか」や「下手な芝居だ」と、もはや間者であることを確信していっている。
急いでそうではないことを伝えるべきなのだが、冷静になれば誰だって俺を間者だと疑うはずだ。そもそもこれから籠城を始めるってときに、兵糧庫にネズミが入り込んでいれば、それは間違いなく敵であろう。
俺に残された道は色々あるように見えて、実は1つしか残されていない。
前任42人の転移者に賭けて、俺は正体を明かすことにした。
「俺は龍神によってこの世界に召喚された転移者だ」
「龍神?今、龍神と言った?」
「言った」
その存在は認知されているようで、一気に周囲がざわめき立つ。
そういえばこの世界に送り出される前、夢の中で爺が言っていたな。この世界の名前は【戦乱 帝国存亡と龍神信仰】だと。
つまり龍神はこの世界で崇拝される存在であるということ。
…待てよ、それはつまり。
「唐希様、これは龍神様に対する冒とくでございます!このような悪行を見逃すわけにはまいりません!」
「その通り。このような悪行ができるのは、龍神様を蔑ろにして徹底的に叩き潰した帝国だけでございます!この者を処刑し、その首を城壁から敵方へ見せつけてやりましょう!」
「なっ!?やっぱりそっちになるのか!?」
「怪しいとは思っていたが、まさか龍神様を冒涜するとは決して許される行いではないぞ!貴様!」
黄琳と呼ばれた男は再び棍棒を振り上げ、俺を殴ろうと腕を振り下ろす。もう駄目だと目をつぶったのだが、いっこうに衝撃が頭に伝わってこない。
どうしたのかと恐る恐る目を開けてみれば、黄琳の顔が異常に引きつっていた。その視線の先には、ずいぶんと怖い顔で睨みつけているあの女性がいる。
「黄琳、私の命令が聞けないというの?」
「け、決してそのようなつもりではっ」
「ならばその振り上げた棍棒はどこに向かうつもりだったのかしら」
「それは…。その」
「まだ私はその男について何も沙汰を下してはいない。たしかに龍神様を冒涜することは許されることではない。でも私にはその男が心からの悪人であるようには見えないわ。何かしら事情があったという線も捨てきれない。それに晩節を汚すものでは無い」
晩節。その言葉に俺はぎゅっと心が締められるような感情に襲われた。
あの夢の中で見た通り、すでにこの城は落城目前なのだろう。あれだけの大軍に囲まれ、逃げ道などはどこにも無いように見えた。
爺が俺を送り込んできた理由を思えば、絶対にこの場面は乗り切らなければならない。物語のスタートは恵楽御城を救うところから始まる。
というか、そういう意味でいうのであればチュートリアルが鬼ハードだ。
「孔賢」
「はい」
「黄琳の頭を冷やさせる必要があるわ。一度この場から外して」
「かしこまりました」
初老の男は俺の背後にいた兵らに指示を出して、俺を殴ってきた黄琳なる者を連れていく。
しかし依然として場は騒がしいままであった。
たまたま傍にいたのがあの男だっただけで、別の人間が立っていても殴られていたのだと思う。そんな雰囲気がこの場所にはあった。
「わかっていると思うけれど、龍神様はこの世界の創成神よ。黄琳にああは言ったけど、正直殴られても当然と言えば当然。また殴られたくなければ、本当のことを話してほしい」
「本当のこと…」
しかし本当のことはさっき話した。
だが今の様子を見るに、龍神という存在は認知されているものの、転移者という存在は認知されていないらしい。
つまりここから挽回するためには、神からの使いであることを証明する必要があった。そのための最も有効な手段が才能の開花なのだが、そっちに関しては何にも手がかりがない。
そもそも有能なものでなければ、俺を生かすという選択肢が出てこないはず。
となるとやっぱり思う。これはクソゲーで、俺はもう詰んでいるということだ。
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