第8話 異能の証明
この世界の服を用意してもらい、俺はさっそく軍議に参加させられた。
当然だが俺を見る目はだいぶ厳しい。というか、完全に敵視されていると言ってもよい。
しかしそんなことはこの世界にきてからずっとだから、居心地が悪くて腹が痛くなるというようなことは一切なかった。
むしろここからどうやって実力を認めさせるか。俺にとってはここからが本番だ。
「お嬢、なぜこの男がここにいるのですか。この男は間者として、そして龍神様を愚弄した罪もあって書物庫に監禁していたはずでございますが」
「黄琳。あえて私に言わせるというの?ここに泉がいるということはそういうことよ」
「で、ですが!?昨日、決定を下されたのはお嬢ではございませんか!?」
「戦場は一瞬で状況が変わるものよ。それは槍手二百人長であるあなたが一番よくわかっているはずよ。そうよね、黄琳」
「…もちろんよくわかっております。ですが裏切り者の扱い、間者の扱いに関してはその瞬間ごとに変わることはございません。何度も徹底的に洗い直し、決して誤りがないことを確認したうえで味方として引き込むのでございます。ですがその男はたった一晩、それも飯係の者とわずかに接触したのみ。いったいこの短い時間で何が変わったというのです。それを明らかにしていただかなければ、いくらお嬢の命であったとしても、我が配下の槍手隊はお嬢を信じて戦うことが出来ません」
黄琳は昨日俺をぶん殴ってきたやつだ。
明らかに俺を敵視しているのはわかるが、主に対して強く意見が言える存在でもあるらしい。決して女であるから舐めているとかそういうわけではなく、ただ自分の経験をもとに正論をぶつけてきているだけだ。
それを思うとそんなに悪いやつでは無いのだと思う。
だが今の最後の発言に関しては、黄琳の背後にいる配下らが明らかに動揺したように見えた。おそらく勢いのままに口から出た言葉だったのだろう。
「少なくとも帝国の間者でないことは証明できるわ。そうよね、孔賢。それと蘇臣も」
「蘇臣?」
黄琳は眉間にしわを寄せて、孔賢の後に呼ばれた男の姿を探す。
まぁ聞いた感じだと、黄琳は槍手二百人隊の長。10人程度を率いる蘇臣とはそもそも格が違いすぎる上に、部隊も弓手と槍手であまり接点が無い。
顔や名前が知られていなくても仕方がない。
それに蘇臣曰く、百人隊の小隊長は平民でもなれると言っていた。あまり上の人間と関わる機会も無いのだろう。だから黄琳が今のような反応になっても仕方がない。
「蘇臣は俺の配下だ。あまりにも使えぬゆえ、間者に飯でも持って行ってやれと言ったのだ。台所を預かる女らは城に籠っている者たち全員分の飯を作らねばならぬゆえ、いちいち台所から遠く離れた書物庫になど行っている暇はないだろうとな。ちょうど蘇臣も台所にいたゆえ、行かせたのよ」
「
ちなみに蘇臣を殴っていたのがこの厳楽と呼ばれた男である。身体はずいぶんと大きく、顔や腕には無数の傷がある。いかにも歴戦の将といった感じであるが、どうやら台所で蘇臣が働いているものたちを口説こうとしていたところを見ていたらしい。
だから折檻を受けたうえで雑用を命じられた。そういうわけで俺と蘇臣は出会ったみたいだ。
「まぁそれはよい。して本当ですか、馬将軍様」
「えぇ。唐希様の言葉に誤りはありません。実はまだこの場にいる皆様には伝えていないことがありました。その情報を与えてくださった御方こそが、ここにおられる泉様なのです」
「…泉?変わった名だが、偽名か?帝国との関わりを隠し、日仙の人間に成りすますことで」
しかしここでも黄琳は途中で言葉を止めた。
そして冷や汗を拭うこともなく、じっと上座に座る唐希様を見ている。
「私が認めたと言ったわよね。二度目は無いわよ」
「も、申し訳ございません。決してお嬢を貶す意図は無く。ですが未だ我らはわかっておりません。なぜたった一夜にして、その男を信用することにしたのかを」
「泉が教えてくれたことがある。恵楽御城の西の森『
「がら空きの東西を破られていたと?まったく守備を置かぬということはあり得ませんが」
「それでも兵が動揺する。帝国がその隙を見逃すはずがない。私たちは不意を突かれて総崩れ。逃げ場もないこの城で虐殺される。そして帝国軍は難攻不落の恵楽御城落城を土産にお父様に迫るのよ。私の首を返してほしければ、降伏しろと。そして李家は滅亡。帝国は豊富な資源を奪い取り、そして北の王である海興王国と緊張状態に陥る」
ちなみに書物庫で調べたことだが、海興王国は帝国の半分も無い程度の歴史しか持たない新興国家である。
だがここ数代の王が優秀すぎて、一気に版図を広げたそうだ。
現在の王は
数年前に誰かが書いた英雄譚のようなものが書物庫に紛れ込んでいたのだが、あまりにも物語として面白く、風土記の存在を忘れて読み込んだ逸品。
だが英雄譚はどこまでも脚色されるものだ。話半分に面白かったとだけ言っておこう。
「その男がどうしてそれを知っていたと?それは最初からその計画を知っていたからでしょう。こちらが気を許すように、いくらかの手札を切っただけかもしれません」
「私はこの目と耳で泉が龍神様の遣いである事実を確認しました。泉、あなたはここでその力を見せることが出来る?もしできないのであれば…」
出来ないのであればどうするのかと聞こうと思ったのだが、唐希様はしばらく黙った後で険しい表情に一変しこちらを睨みつけられた。
「証明しなさい。今ここで」
「…唐希様の命であればそれに従いますが、今度こそ例のものを預けていただきませんと」
「わかっているわ!孔賢」
「はい、唐希様」
今度こそちゃんと地図を用意してもらえたようだ。
しかも城内の地図。つまりここで視たものを伝えて、そのものを呼んで確認すればいい。今、その場所で何をしていたのかを。
「私もその力を見るのは初めてよ。いったいどのようなものなのか、楽しみにしているわ」
「期待していただけるのはうれしいのですが、それほど派手ではありませんよ?」
「もちろんそんなことを期待しているわけではないの。さっそく見せてくれる?」
「わかりました。ここで俺がいきなり視たとしても、仕込みを疑われるかもしれません。そこで…」
俺はあたりを見渡して、適任者を探す。
こういうとき、一番いいのは多数の部下を持つ人間だ。つまりに実質二百人の兵を手足のように操っている槍手二百人隊の長である黄琳。彼が最も適していると言える。
「黄琳、殿でしたか?誰かこの場にはいない自身の部下とその持ち場を教えてください」
「部下と持ち場だぁ?いったい何をするつもりだ」
「私が今から視ます。その人物が今現在何をしているのか。それを伝え次第、呼び出して確認してください。ですが役なしの人物だと真偽の判定がきわどくなりますので、何かしら役目が与えられている部下が好ましいかと思います」
ただ壁にもたれかかってあくびをしているなんて、大した証明にならない。そもそも仮にそれが事実だったとしても、聞かれている奴は肯定しないだろう。
だから何かをしている人物を見るのが一番いい。
俺からの注文はそういった意味があった。
「誰でも構いません」
「ならば俺の部下で槍手百人隊の長である
「それだけ情報があれば問題ありません。今からその方を見てみましょう」
まずは地図で場所を確認する。
黄琳は大人しくその弦慈士とやらがいる場所を教えてくれた。さっそくその場所を指でさし、周囲の景色を確認した。
まず視界の端にあるコマンドは拡大・縮小機能がある。また視界を360度自由に回転させることも出来る。
ただし場所を移動することは出来ないから、移動する際には一度×で戻ってこなければならなかった。それでも今回は前回のようにどこにいるかもわからない敵側の動きを片っ端から探すわけではない。
ただ指定された場所にいるであろう人物を見つけ、今何をしているのかだけを伝えればいいだけだ。
「見つけました。弦慈士らしき人物はたしかに東門付近の兵舎前におられます。傍らに数十本ほどの槍がまとめられており、他5人の兵とともに神妙な顔つきのまま武器の手入れをされております。またその様を遠目から見ている子供たちがおります。おそらく避難してきた人々の子かと」
身なりからなんとなくそういった身分の子供だと分かった。
さっそく黄琳が人を遣わせて、その弦慈士とやらを呼びに行く。その後、しばらくして俺の視た情報がすべて事実であると証明された。
これにより一時的に俺が異能を持つ人間で、一応龍神の遣いであると認められたことになる。
しかしそれでも黄琳を始めとし、多くの方々は不安視しているようであった。そんなことは当然だ。
こればっかりはこの戦いに勝って、ゆっくりと信頼を得ていくしかない。
だが本当の戦いはここからだ。
正直今の俺は、まだ戦というものをなめていたと思う。
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